表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/251

師匠の懸念

 昔語りをした後、黙り込んでしまったお師匠様に、私は恐る恐る声を掛けた。


「じゃあ、あの……お師匠様がこの国に戻った時には、ひいおばあ様は、もう……?」


「ああ、そうじゃ。……国に戻り、あのお方の墓前で、間に合わなかったことをお詫びしておったワシに、陛下が静かに近付いおられてな。一言だけ、こう漏らされたんじゃ。『このバカ者めが』、と」


「『バカ者』……」



 その短い言葉には、たくさんの想いが込められてたんだろうなって、なんだかすごく切なくなった。


 ひいおじい様は、お師匠様の恋心に気付いてて……。

 でも、どうしてあげることも出来なくて。


 きっと、お師匠様と同じように、苦しんでたんじゃないかな?


 いつまで経っても戻らないお師匠様に、やきもきしたりして。

 それほどまでに、ひいおばあ様のことを想っていたのかって……年を経るたびに、恋情の強さを思い知らされるようで、辛かったんじゃないかな?


 私は、お師匠様の話の中でしか、ひいおじい様って人を知らないけど……何故だか、そんな気がした。



「ワシが旅に出てから、すでに、三十数年の時が流れておったが……。陛下はこのワシに、御身の騎士として、残りの人生を送ることをお許しくださった。幼き日の誓いを、数十年後に叶えてくださったんじゃ。その時初めて、しみじみと感じたのよ。ワシはこのお二方――エドヴァルド様とイリス様に、生涯を捧げるために生まれて来たんじゃと……」


「生涯を……捧げる?」


 あまりにも大袈裟な言葉に感じられ、私は戸惑い、僅かに首をかしげた。

 お師匠様は、そんな私に気付くと、


「なぁに、格好付けた言い方をしてみたかっただけじゃて。――つまりはこういうことじゃよ。『お二方にお仕えすることこそが、己の至上の喜び』だったんじゃと。……気付くのが、あまりにも遅過ぎたがのぉ」


 そう言って、いつも以上に優しく、心に染み入るような笑みを浮かべた。

 お師匠様の笑顔がよけいに切なくて、返す言葉も見つけられず、情けなくて下を向く。

 すると、


「だからのぉ、カイルには……ワシと同じ(あやま)ちは、犯して欲しくはないんじゃが」


 というお師匠様のつぶやきが聞こえて、びっくりして、再び顔を上げた。



 お師匠様と……同じ、過ち……?


 え……カイルが?

 カイルがどーして、お師匠様と同じ過ちを……?



 発言の意図がつかめず、私は困惑した。

 お師匠様は、苦痛と哀れみが入り混じったような眼差しを私に向け、更に続ける。


「言ったじゃろう? あの若者は――カイルは、昔のワシにそっくりなんじゃと。カイルがワシに会いに来た時、昔のワシと、同じような顔をしておった。報われない恋をし、思い詰め、出口のない迷路をさまよっているような……絶望が支配し始めた時のような、蒼白い顔をしておったよ。だからその時思ったんじゃ。ワシの昔話を聞きに来た時点で、この者は道を決めておると。長い旅に出るという、揺るがない決意をしておるのじゃとのぉ」


「……カイルが……お師匠様の話を、聞きに来た時点……で……」


 呆然とつぶやいた後、私はあることに気が付いて、まっすぐお師匠様を見返し、大声で訴えた。


「ちょ…っ、ちょっと待ってください! お師匠様とカイルが似てるって……それじゃまるで、カイルがお師匠様みたいに、長い間帰って来ないって――そう言ってるように聞こえちゃうじゃないですか!……それはないです! だって、カイルは片恋なんかじゃないし、私にも、二年経ったら戻って来るって、約束してくれました! だから、似てなんかいません! お師匠様とカイルの場合では、全然違いますっ!! これっぽっちも、似てなんかいませんッ!!」


 私の主張を、穏やかな瞳で受け止めてくれていたお師匠様は、私が言い終わると同時に、嬉しそうに微笑んだ。


「ほぉ……そうかね。カイルは、片恋ではないんじゃのぉ。姫嬢様も、カイルのことを想うとるんかね。そりゃあよかった」

「え?……あっ!」


 瞬間、自分の立場も考えず、軽々しく告白してしまっていたことに気付く。

 私は口元を両手で押さえ、気まずい思いで沈黙した。


「なぁに。心配せんでも、触れ回ったりはせんよ。この老いぼれの、胸の内だけに留めておく。だからのぉ、姫嬢様。そんな顔しなさるな」

「……お師匠様」


 うんうんと微笑みながらうなずいた後、お師匠様は、まだ少し憂いを含んだ瞳で遠くを見つめ、


「……なら、心配はいらんかのぉ。ワシの取り越し苦労じゃったか……」


 まるで独り言のように、ぽつりとつぶやいた。

 私はキュッと唇を引き結び、祈りを込めて、遠い空を見つめる。



 そーだよ。お師匠様の取り越し苦労だよ。


 カイルは、きっと戻って来る。

 絶対無事に、私の元へ戻って来てくれるんだから。


 だから何も、心配することなんてない。

 恐れることだってない。


 ……ね?

 そーだよねカイル?

 私、あなたの帰りを、信じて待っててもいいんだよね……?



 泣きたくなるくらいに綺麗な空を見つめながら、私は必死に、弱気な自分と戦っていた。

 少しでも気を抜けば、次から次へと浮かんで来る不吉な想像に、呑み込まれてしまいそうになる、臆病な自分と……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ