護衛 VS 護衛、再び
ようやく落ち着きを取り戻した私は、
(……あれ? いつの間にかカイルの話になっちゃってたけど……そもそも、藤華さんと何の話をしてたんだっけ?)
今さらながら思い出し、少しずつ記憶をさかのぼった。
そしてどうにか、紫黒帝が藤華さんの命の恩人、とかって話をしていたところまでは思い出せたんだけど。
「あら、いけない。もう夕刻が迫っておりますのね。申し訳ございません、リナリア姫殿下。わたくし、そろそろお務めをしなければなりませんの」
表に目をやり、空が茜色に染まっていることに気付いた藤華さんが、残念そうに伝えてきた。
えーーーっ?
こんな夕方からもお務めがあるの?
巫女姫って、やっぱり大変なんだなぁ……。
でも、せっかく『紫黒帝は命の恩人』って話について、これからいろいろ訊ねようと思ってたのに……。
でもまあ、お務めじゃ仕方ないもんね。
その辺りの話は、また次の機会にゆっくりしていただくことにしよう。
――ということで。
私はペコリとお辞儀をしてから月花殿を退出し、行きと同じく迷子にならないよう、案内人さんの後に続いた。
風鳥殿に戻ってみると、何故かカイルがいて。
雪緋さんと萌黄ちゃんを挟むようにして、イサークと何やら言い争っていた。
とっさに状況が把握できず、呆気に取られてその場に突っ立っていた私は。
すぐにハッと我に返り、慌てて四人の元へと駆け寄った。
「ちょっと、どーしたってゆーのよ二人ともっ? 何を大騒ぎしてるの? 私がいない間に、いったい何があったの!?」
訊ねる私をギロリとにらみ付け、
「どーもこーもねえッ! この男がいきなりケンカ売ってきやがったから、買ってやってるだけだッ!」
そう言って、イサークがカイルを指差す。
驚いてそちらに目をやると、彼は不機嫌顔で腕を組んでいた。
「ケンカを売ったわけではございません。――ただ、様子を見にこちらへ伺ってみましたら、この方がだらしなく寝転んでおられたので、注意して差し上げただけです。『リナリア姫殿下の護衛ともあろうお方が、昼間からノンキに寝転んでいらっしゃるとは何事です? 姫殿下の護衛という栄誉を授かっておきながら、恥ずかしいとは思わないのですか?』と』
言い分を聞いてみたら、彼が注意したくなるのも当然だと思える内容で。
すっかり呆れた私は、今度はイサークに目をやった。
「だ――っ!……べ、べつにいーだろーが! 姫さんがいねー時くれー、ゆっくり横になってたってよ! だいたい俺だってなぁ、姫さんが側にいる時なら、のんびり休んでたりしねーっつーの!」
サボってたのを雇い主の前で指摘され、さすがに恥ずかしかったのか。
イサークは顔を赤くしながら、言い訳がましく言い返す。
それでもカイルは不機嫌顔を崩すことなく、
「護衛たるもの、たとえ姫殿下がお側にいらっしゃらない時であっても、気を緩めるようなことがあってはならないはず。現に雪緋は、あなたとは違って表に立ち、姫殿下がお戻りになられるまで周囲の様子を窺うなどして、忠臣のあるべき姿を示していたではないですか。雪緋にできることが、何故あなたにはできないのです? 同じく尊いお方に仕える者として、私は情けなくてたまりません」
さらに容赦なく指摘し、イサークの顔をこの上なく真っ赤っかにさせた。
「う――、うるせーうるせーッ!! 姫さんに用なし扱いされたからって、八つ当たりしてんじゃねーよ! あんたの主人は、もう姫さんじゃねーんだからよッ! あんたの主人は、あの巫女姫だとかっつーキレーなねーちゃんの方だろーが! 人の役目に文句付けてる暇あったら、さっさとあっち行って忠犬のマネしてろっつーんだ!」
「な――っ!……藤華様を『ねーちゃん』呼ばわりとは、なんと無礼な! あなたのような方が姫殿下の護衛などとは、とうてい信じられません! 本当に、あなたのようなならず者同然の方を、あのオルブライト様がお認めになられたのですか!?」
「ヘッ! あの陰険メガネが認めよーが認めまいが関係ねーっつーの! 俺を選んだのは姫さん自身なんだからな!――で、あんたは姫さんに『いらねー』って言われたんだろ? 未練たらたらでこっちの様子なんざ見にきてねーで、さっさとキレーなねーちゃんの方に戻れってんだよ!」
「く……っ! 貴様、一度ならず二度までも……。藤華様を愚弄するつもりか!?」
握り締めた拳をふるふると震わせて、カイルはイサークをにらみ付ける。
早く二人を止めに入らなければいけないのに。
カイルのある発言が引っ掛かって以降、私は何の言葉も発せなくなっていた。
……何故?
カイルはまだ、先生には会ってないはずなのに……。
私だって、紹介していないはずなのに……。
なのにどーして、彼は『あなたのようなならず者同然の方を、あのオルブライト様がお認めになられたのですか!?』なんて言ったの……?
どーして紹介されてもいない、オルブライトってゆー先生の名字を知っていたの?
……覚えてるの?
ホントは覚えてるの?
やっぱり、記憶喪失って話は嘘なの……?
未だ言い争っている彼らの前で。
その疑念ばかりが胸の内で渦巻き、私は呆然とその場に突っ立っていた。