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巫女姫の思い出語り

 藤華さんと二人きりで話せる機会ができた――まではよかったんだけど。

 さすがに、


「藤華さんの好きな人って誰なんですか?」


 なんて単刀直入に訊く勇気はなかった。


 だからとりあえず、出会った頃から現在までの、紫黒帝とのエピソードを教えてもらおうと、思い切って訊ねてみたんだけど。


「え? 帝とわたくしのお話……ですか?」


「はい! 先ほど帝から、藤華さんとは六つくらいの頃にお会いしたって教えていただいたんです。その頃のお二人は、どんな感じだったのかな~なんて思いまして……。えっと、どんな話でも構いませんので、教えていただけると嬉しいです!」


 両手を膝にのせ、やや前のめりになってしまっていた私は。

 慌てて姿勢を元に戻し、ヘラリと愛想笑いを浮かべた。



 いろいろ訊きたいことがあるのは山々だけど。

 もう少し気持ちを抑えなきゃね。圧が強すぎて藤華さんに引かれてしまっては、元も子もないし。



 しばらく考え込むようにしていた藤華さんは、ふいに可愛らしく吹き出し、


「あ……申し訳ございません。いきなり笑ったりして……。幼い頃の帝とのお話を思い返しておりましたら、つい――」


 指先を目尻に持って行き、涙をぬぐうような仕草をしてみせた。

 思い出し笑いをしてしまうほどの楽しい出来事が、幼少期の二人にはあったのかと、私の期待値は急上昇!


 ……なのに。

 次に藤華さんがしてくれた話は、


「こちらに参りました頃のわたくしは、帝からいとわれておりましたの。何ゆえに、そのように考えていたかと申しますと……。いつの頃でしたか、紅華様からいただいた手まりを、わたくしが大事に抱えておりましたら、『よこせ』とおおせになられまして。わたくしが『嫌です』とお断りいたしましたら、強引にわたくしの手からお取り上げあそばしまして、『奪い返してみよ』と、お庭中をお駆け回りあそばしたことがございましたの。それから……突然わたくしの前に、大きな虫を放っておいでになられたこともございましたわ。わたくし、とても驚いてしまって……。何ゆえ帝は、いつもわたくしにこのようなお仕打ちをなさるのだろうと、悲しくて悲しくて、よく泣いておりました」


 という、とんでもないやんちゃエピソードで……。

 ドン引きしてしまった私は、しばらくは声も出せなかった。



 だって。

 そんなヒドいことしたら、嫌われちゃうに決まってるじゃない!


 ……ううん。

 嫌われるだけで済めばまだいい(いや。よくはないか)けど、ヘタしたらトラウマ案件よ!?



 ……まったく。


 小さな男の子が、好きな女の子の関心を引きたいがために、イタズラしたり意地悪したりしちゃう……なんてゆー話は、ちょこちょこ聞いたことはあったけど。


 でもまさか……昔の帝がそーゆー〝困ったちゃんタイプ〟だったなんて、想像すらしてなかったわ!(藤華さんの話をする時は、やたら顔赤らめてモジモジしてたし。てっきり、内気で声も掛けられないとか、物陰からこっそり見つめるだけ――なんてタイプかと……)



 ……ハァ。

 これじゃあ、藤華さんの好きな人が帝である可能性は、かなり低いだろうな……。



 なんて、半ば諦めながら藤華さんに視線を戻すと。

 意外にも、彼女は楽しげにクスクス笑っていて、紫黒帝に対して悪印象を持っているような気配は、少しも感じられなかった。


 たった今、意地悪された思い出を語ったばかりなのに。

 この柔らかな空気感はどうしたことだろうと、しげしげと彼女を見つめてしまう。


 すると、私の視線には全く気付かない様子で、藤華さんは再び口を開いた。


「わたくしが帝と……いいえ。あの頃はまだ、東宮であらせられましたけれど。東宮様とお会いしたのは、わたくしが五つの頃でしたので、東宮様のお気持ちを、すぐに察して差し上げることはできませんでした。……ですが、ある時気付いたのです。東宮様はわたくしを厭っておいでになられるわけではなく、紅華様を奪われたようにお思いになられて、お寂しいだけなのだと」


「えっ?……お母様を?」


「はい。あの頃のわたくしは次期巫女姫候補として、紅華様より様々なお教えを請うておりましたので。一日中、紅華様のお側に置いていただけることが多うございましたの。わたくしがこちらに参るまでは、紅華様は東宮様が独占しておいでだったようですし……。きっと、お寂しかったのだと思いますわ」


「な……なるほど。そーゆーこと、ですか……」



 まあ……絶対、それだけじゃないと思うけど。

 藤華さんの関心を引きたいって気持ちの方が、大きかったんだと思うけど。


 でもとにかく、藤華さんはそんな風に受け取った、ってことなのね。

 そうやって己を納得させることで、紫黒帝の仕打ちにも耐えることができた――と。



「じゃあ、あの……。藤華さんは、帝のことをお嫌いなワケではない……んですよ、ね?」


 恐る恐る伺うと、藤華さんはすごくビックリしたように目を見張った。


「まあ……! そのようなこと、あろうはずもございませんわ! 帝は、とてもご立派なお方ですもの。……ですが……リナリア姫殿下は、何ゆえそのようにお考えあそばしましたの?」


「えっ?……い、いえ! 何ゆえとかって、その……。と、特に理由があったワケではなくっ……ですね……」


 不安げに訊き返されてしまった私は、思い切り首を横に振った後、モゴモゴと言葉を濁した。

 藤華さんは寂しげにまつ毛を伏せると、


「……わたくしが、帝のことを厭うはずございませんわ。帝は……わたくしの命を救ってくださったも同然のお方ですのに……」


 両手を胸元に当て、しみじみとした口調でつぶやいた。

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