月花殿の巫女姫
拝謁を済ませた後。
私は藤華さんと二人きりで話をさせてもらうため、月花殿を目指して歩いていた。
当然、案内してくれる人も一緒。(でなきゃ絶対迷子になるし)
紫黒帝にお願いし、藤華さんに使いの人を送ってもらって、すでに彼女からの了承も得ている。
紫黒帝には、『藤華さんから本心を聞き出すため、二人きりで話をさせてください』と切り出した時、すごく心配そうな顔をされてしまったけど。
とにかく『私に任せてください』と言い張って、二人で話す機会を作ってもらったんだ。
案内役の人の後について行きながら、私は緊張を静めるため、両手をギュッと握り締めた。
勢いで『任せてください』なんて言ってしまったけど。
ホントは、本心を聞き出せる自信なんてこれっぽっちもなかったから……。
でも。
それでもどうしても、会わなきゃいけない。
会って、まずはいろいろ話してみて、彼女の心を探らなきゃ。
紫黒帝のためにも、私のためにも。
話を前に進めるには、藤華さんの気持ちを知ることが、何よりも重要なことなんだから。
……うん。
ためらってなんかいられない。
頑張って、彼女の気持ちを聞き出さなきゃ!
「藤華様。帝の命により、リナリア姫殿下をご案内申し上げました」
月花殿に着いたらしい。
案内役の人が膝を付き、御簾の向こう側に声を掛けた。
「ご苦労でした。では、皆下がりなさい。リナリア姫殿下と二人きりでお話を――とのお約束です」
中から藤華さんの声がして、お付きの人達が隣の部屋へと移動して行くのがうっすらと見えた。
私をここまで案内してくれた人も、私に一礼してから廊下の隅に歩いて行き、待機の姿勢を示す。
「リナリア姫殿下、どうぞ中へ。次のお務めまでとの条件付きになってしまい、申し訳ございませんが……。それまでごゆるりとお話いたしましょう」
藤華さんの声に導かれ。
私は両手で御簾を上げ、部屋の中へと進んだ。
私が泊まらせてもらっている風鳥殿と同じく、中には一畳ほどの畳が敷かれていた。
当然、そこには藤華さんが座るんだろうと思っていたんだけど。
私が座るよう勧められ、思いっ切り首を横に振った。
「いえっ、その……どうかご遠慮なくです! 月花殿の主は藤華さんなんですから、藤華さんがお座りくださいっ」
辞退する私に、
「いいえ。帝であらせられるならば別でございますが、わたくしがリナリア姫殿下より上座に座らせていただくなど、あり得ないことですわ。リナリア姫殿下はザックス王国の第一王女。わたくしなどよりも、ずっとずっと尊いお方ですもの。ですので、どうかご遠慮なさらず、そちらにお座りくださいませ」
藤華さんはそう主張し、さらに強く勧められてしまった。
えええ~?
……そーなの?
私って、藤華さんより上の身分……ってことになっちゃうの?
でも巫女姫って、帝と並び立つくらいの人って言うか、この国にとって重要な人だと思ってたんだけど……違うのかな?
「先ほどから、戸惑っていらっしゃるようにお見受けいたしますが……。もしかして、紅華様とわたくしを、同じ身分だとお考えになっていらっしゃるのですか? もしもそうなのでしたら、思い違いをしていらっしゃいますわ。わたくしは巫女姫というお務めを与えられてはおりますが、出自は平民でございますの。それに比べて紅華様は、先の帝の第一皇女であらせられます。わたくしとは、身分が全く違うのです」
「え……。そ、そーなんですか?」
一応、彼女の出自が平民と聞いてはいたけど。
巫女姫に選ばれた瞬間から、貴族って身分になるのかと思ってた。
そっか。そういうことじゃないのか……。
「ええ。ですからどうか、わたくしのことはお気になさらないでください」
藤華さんはそう言って、ニコリと微笑んだ。
う~ん……。
でも、前にちょこっとお話した時は、私と同じ畳に座ってくれたよね?
どーしてここでは、こんなに頑なに、私だけ畳に座れなんて……?
疑問に思って訊ねると、藤華さんは以下のように説明してくれた。
「風鳥殿では、リナリア姫殿下がそのようにお示しくださいましたので、従ったまででございますわ。わたくしから同じところに座するようお願いするなど……まことに恐れ多いことでございますもの」
な……なるほど。
そーゆーことだったのね。
だったら話は簡単!
「それじゃあ、もう一度こちらからお願いします。藤華さんも、私と同じところに座ってくれませんか?」
私の言葉に、藤華さんは驚いたように目を見張った後。
優しくふわりと微笑んで、
「それがリナリア姫殿下のお望みなのでしたら……」
と言って立ち上がり、畳の方に座ってくれた。
それで私もホッとして、同じ畳の片側に腰を下ろした。
「リナリア姫殿下は……やはり、紅華様によく似ていらっしゃいますわね」
座ったとたん、藤華さんにしみじみと言われてしまい、私はキョトンとして首を傾げた。
「そー……なんです、か? 自分では、よくわかりませんけど……」
「似ていらっしゃいますわ。どのような身分の者に対しても、どのような境遇の者に対しても、分け隔てなくお優しいところも――」
「はあ……。でも、えーっと……それは……」
身分とかって、あんまり意識しないで済む世界で、十年ほど過ごしてたから……。
たぶん、そのせいじゃないかな?
――なんてことを思いながらも、口に出せるワケもなく。
私は照れくささをごまかすため、片手をこめかみ辺りに当ててエヘヘと笑った。