隠せない本心
私の進言を聞いた後。
紫黒帝は、呆然と私の顔を見返していたんだけど。
「……神結儀と、巫女姫を……なくす……?」
しばらくしてから、呆けた顔のままつぶやいた。
「はい! なくしちゃうんです、全部! だってそーすれば、藤華さんも毎日大変なお役目をしなくて済みますし。帝だって、もう何に遠慮することなく、藤華さんに堂々と求婚できるじゃないですか!」
「……それは……そう、かもしれぬが……」
私の圧の強さに驚いているのか、引いているのか。
紫黒帝はちょっとだけ体を後ろにそらし、困ったように眉を八の字にした。
だけど、すぐに姿勢を元に戻すと、
「神結儀は、古より我が国で受け継がれし大切な儀式。役人達の意見も聞かず、朕がたやすく廃止できることではないのだ。巫女姫も同様にな。もしも、無理を通そうとするのであれば、朕は役人達からの信用を失い、この座から引きずり降ろされるであろう」
そう言って、笛で肩口をポンポンと叩きながら苦笑する。
「そ……そーです、か……。そー……ですよね……」
私はたちまち勢いをなくし、ションボリと肩を落として縮こまった。
「すまぬな、リナリア。朕のことを思うて申してくれたことであろうが……。帝や巫女姫というものは、この国全ての者達の安寧が末永く続くよう、神に祈りを捧げる存在でもあるのだ。なくしてしまうことなどできぬし……もしもなくそうものなら、この国の民は拠り所を失くしてしまうであろう?……まあ、そうは申しても、他国の姫として生まれ出でたそちには、わかりにくきことであろうがな」
紫黒帝は優しく、そして、少し寂しげな声で語り掛ける。
彼の話を聞いた私は、軽率な発言をしてしまったことを恥じた。
……そーだよね。
やめちゃおうなんて、そんな簡単な話じゃないんだ。
私はまだ、この国のことをほとんど知らないってわかっていながら……。
ものすごく余計なことを言ってしまった。
でも、だったらどーすればいいんだろう?
いくら伝統的な儀式だからって。
これからもずっとずっと、神結儀も巫女姫も受け継がれて行って……。
そのたびに、紫黒帝や藤華さんみたいな人を苦しめ続けるの?
他に好きな人がいても、巫女姫は、神と結ばれる儀式をし続けなければいけないの?
そしてその一生を、神に捧げなければいけないの?
……そんなの、白藤だって望んでないのに。
誰が始めたか知らない儀式を……神すら望んでいない儀式を。
この先もずっとずっと、続けて行くつもりなの……?
……そりゃあ、私は部外者だけど。
この国の姫でも民でもないけど。
でも……お母様の故郷であるこの国で。
そんな切ないこと、続けて行ってほしくないんだもの。
……ワガママ、なんだろうけど。
叔父である紫黒帝にも、好きな人がいるらしい藤華さんにも。
心から、幸せになってほしいから。
義務とか使命とか関係ないところで。
ちゃんと、自分のための人生を、生きて行ってほしいから。
心から好きになった人と……幸せに、なって……ほしいから……。
――そんなことを考えながら。
私の頭には、いつしかカイルの顔が浮かんでいた。
……そっか。
私……紫黒帝の立場と、自分の立場を重ねてたんだ。
私も紫黒帝と同じで、いつかは、国を統べるべき人間にならなければいけないから。
勝手に恋をして、勝手に結婚して……なんてことが、許されない人間だから。
だからせめて……紫黒帝には、本当に好きな人と結ばれてほしいって。
藤華さんにも、好きな人と結ばれてほしいって……そう、思って……。
……でも、もしも藤華さんの好きな人が、紫黒帝じゃなくてカイルだったら……?
そうだったとしても、私……藤華さんの幸せを願えるかな?
願える……よね?
カイルにはもう、私との記憶がないんだから。
私のことを覚えてないなら……他に好きな人がいても、それは責められるべきことではないんだし。
だから……願えるよね?
藤華さんとカイルのこと……。
二人の幸せを、心から願えるよね……?
「――リナリア? いかがしたのだ?」
心配そうな紫黒帝の声に、私はハッと目を見張った。
「……え?」
違和感に気付き、そっと自分の頬に手を当てる。
……濡れてる。
いつの間にか、涙を流してしまっていたらしい。
「すまぬ。朕の話が気に障ったのであろう? そちを泣かせるつもりなどなかったのだが……」
気遣わしげに訊ねる紫黒帝に、私は思い切り首を振る。
「ちっ、違います! これはっ、この涙は……帝のせいなんかじゃなくてっ!……私……私は……っ」
慌てて涙をぬぐいながら、私はハッキリと自覚した。
やっぱり、ムリだということを。
カイルが藤華さんと結ばれるのを、心から祝福することなんてできない――ということを。
……ごめんね、カイル。
ワガママでごめんね? 勝手でごめんね?
ヒドいって思うけど。
エゴイストだって、自分でも思うけど!
やっぱり私……あなたを諦めるなんてできない!
藤華さんとの恋を、このまま祝福することなんてできないよ……!
……お願い、思い出して?
私とのこと……全部全部、思い出して?
思い出してくれたなら……今度こそ私、あなたが好きだって伝えるから!
あなただけが好きだって、心の底から誓ってみせるから!
それでもし、あなたも受け入れてくれたなら……。
もう絶対、迷ったりしない!
お父様だって国の人達だって、説得してみせる!
たとえ反対されたって、諦めたりしない!
みんなが納得してくれるまで、説得し続けるから!
だからお願い……思い出してよ!
私は両手で涙をぬぐい終わると、
「帝! まずは藤華さんのお気持ちを確かめましょう! 神結儀のことも巫女姫のことも……考え直すのはそれからです!」
まっすぐ紫黒帝の目を見つめ、今度こそ心から進言した。