世継ぎ問題解決法?
紫黒帝の話から、彼が藤華さんのことを密かに想い続けながらも、露草さんのいじらしさに胸を打たれ、今では〝なくてはならない存在〟とまで思えるほど、大切にしているということはわかった。
わかった……けど。
このままじゃ、いつまで経っても世継ぎは生まれないってことになる。
紫黒帝の側近の人達から、側室を迎えるよう説得してくれ、という風に頼まれてしまっている私としては。
その問題に一度も触れることなく、退室することはどうしてもできなくて……。
「あの……。み、帝が藤華さんのことも露草さんのことも大切に想ってる……ってゆーのは、よくわかったんですけど。でもそれだと、そのぅ……世継ぎはこれから先も生まれない、ってことになります……よね?」
恐る恐る訊ねてみたら、うな垂れていた紫黒帝の肩がピクリと動いた。
何か言い返されるんじゃないかと、気が気じゃなかったけど。
しばらく経っても、それ以上の反応はなくて……。
まさか、うな垂れたまま気絶でもしているんじゃ? と心配になってきた頃、
「何ゆえリナリアがそのようなことを気にするッ!?」
急に紫黒帝が顔を上げ、ものすごい早口で訊ねてきたものだから。
私は『ぅひゃあッ?』という奇妙な声を上げて縮こまった。
「え……。あ、いえ……。えーっと……それは、そのぉ~……」
厳しい顔つきで私を凝視している紫黒帝にビビりつつ、どう返そうかと考えていると。
彼はハァ~と息をつき、
「よい、よい。どうせ朕の周りの者達から、側室を迎えるよう説得してほしいと頼まれたのであろう?……まったく、困ったものよ。あの者達がせく気持ちは重々承知しておるが、まさかリナリアにまで泣きつくとはのぉ。……そちも、さぞやわずらわしかったことであろうの。こちらの問題に巻き込んでしまい、まことすまなかった」
ほとほと参った様子で、私に向かってわずかに頭を下げる。
私は両手を膝に置き、ピンと背筋を伸ばしてから、思い切り首を左右に振った。
「いっ、いいえ! 私、全然気にしてませんっ!……え、と……側近さん達のお気持ちも、わからなくはないですし……。でも、あの……このたび、帝のお辛いお気持ちも打ち明けていただけましたし……正直なところ、私もどうしていいのか……」
「……なに、そちが頭を悩ますことではない。朕が藤華への想いを断ち切り、側室を迎えればよいだけの話であるのだからな。……しかし、それがなかなか難しく……。ほんに、未練とはやっかいなものよ」
自嘲するようにフッと笑うと、紫黒帝は前に転がっている横笛を片手で拾い、再び両手で握り直した。
握った笛をじっと見つめる表情は、すごく寂しそうに見えて。
なんだか、私まで胸が苦しくなってきてしまった。
もしも、露草さんが病気でさえなかったら。
二人も少しずつ心を通わせ合って、いつかは、子供を授かることもできたかもしれない。
だけど現実では、露草さんに世継ぎを――なんて望むのは、どう考えたって難しいもんね。
話をするだけでも辛そうな人に、ムリヤリ世継ぎを産ませようとしたら、ほとんど殺人行為だし。
……ホントは、紫黒帝と藤華さんが結ばれるのが、一番理想的なハッピーエンドなんだろうけど。
紫黒帝の気持ちはハッキリしてても、藤華さんの気持ちが、未だハッキリしてないしなぁ……。
藤華さんが好きな人って……萌黄ちゃんが言うように、やっぱりカイルなのかな?
それで間違いないんだとしたら、二人が抱き合ってても、全然不思議じゃないし。
……でも、萌黄ちゃんが藤華さんに訊ねた時は、笑って否定した――ってことだったよね?
じゃあ……カイルの片想いってこと?
藤華さんには、他に好きな人がいるの?
う~ん……だったら……あの日カイルと抱き合ってたのは、いったい……?
……ハァ。ダメだ。
考えれば考えるほど、わからなくなってくる。
いっそ直接訊いちゃいたいけど、正直に答えてくれるとは限らないし。
藤華さんも紫黒帝のことが……ってことに、もしなったとしても。
彼女が巫女姫である限り、どうにもできない問題だしなぁ……。
……ん?
そもそも巫女姫って、どーしても必要なものなの?
この国には、絶対にいなきゃいけない人?
確か白藤は、巫女姫は『人間が勝手に差し出してきた』……とかって言ってたよね?
――ってことはつまり……白藤自身は、巫女姫を望んでるワケじゃないってことだよね?
だったらべつに……いなくなってもいーんじゃない、巫女姫って?
やらなくてもいーんじゃない、神結儀って?
そーよ!
白藤――神様がいらないって言ってるんだから、神結儀も巫女姫も、ぜーんぶなくしちゃえばいーんだ!
私はすっかり名案を思い付いた気になって。
晴れ晴れとした顔で紫黒帝を見つめ、
「帝! いっそなくしちゃいましょう、神結儀! 巫女姫って役職?――もなくしちゃえば、迷うことなく藤華さんに想いを打ち明けられますよっ?……ねっ? 思い切ってなくしちゃいましょーよ!」
胸の前で両拳を握り、得意げに進言してみせた。