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紫黒帝の懺悔

 私の直球な質問に、紫黒帝はかなり動揺した様子だった。

 私がそんなことまで知っているなんて、夢にも思っていなかったんだろう。


「なっ、何ゆえリナリアがそのようなことをっ?」


 訊ねる声が裏返っていたけど、『萌黄ちゃんから聞きました』なんて言うわけにも行かず。

 私は思いっ切りスルーして、


「教えてください、帝。本当に〝病弱な娘であること〟なんて条件を、お出しになられたんですか? もしそうなのだとしたら……私、帝のことがわからなくなりそうです」


 紫黒帝の目をまっすぐ見つめ、念押しのためもう一度訊ねる。

 私の『わからなくなりそう』が効いたのか、彼は観念したようにポツポツと事情を語り出した。



 十五になった頃から、周囲からしきりと正室や側室を迎えるよう進言されるようになったこと。


 世継ぎを生んでもらわなければ困るというのは理解していたが、どうしても思い切れなかったこと。


 それでも進言が収まることはなかったので、ある時、ついつい軽口で、『病弱な娘であれば考えても良い』というようなことを言ってしまったこと……。



「そのような条件、本気になどされぬと思ったのだ。あまりにもしつこいので、皆を困らせてやろうという、()れ心に過ぎなかったのだが……」


 暗い声で告げた後、紫黒帝は力なくうな垂れた。

 床の隅をしばらく見つめ、再び独り言のように語り出す。


「しかし、周囲の者達は、朕の言葉に恐ろしいほど忠実であった。ある時、『帝、ようやく見つけることができましたぞ』と、吉事を知らせるがごとき調子で伝えに参ったのだ。戯れ言を申したことなど、朕はすっかり忘れておったというのに……。だが、こうまでされては断りようがないと思うた。朕の願い通りの正室候補を探してきたと申すのに、それでも嫌だと駄々をこねることは、さすがの朕にもできなかったのだ」


 そこで言葉を切り、紫黒帝は辛そうにギュッと目をつむった。


 それからまた、少しの間沈黙が続いたけど。

 私はジリジリしながら、彼が話し始めるのを待った。


「しかし……そこまでされてもまだ、朕は軽く考えておった。『病弱な娘と申すのであれば、世継ぎを世継ぎをと急かされることもあるまい。選ばれてしまった娘は気の毒であるが、たとえ藤華のようには想えずとも、できるだけのことはしよう。寂しい思いをさせぬよう、話し相手くらいにはなってみせよう』と。だが――!」


 苦しげな声を上げると、紫黒帝は横笛から両手を離し、自分の顔を覆った。


「まさか……ほとんど床に伏したままの娘だとは……! そこまで病に冒された娘であるなどとは……。その娘を――露草をひと目見た折、朕は己の罪深さを思い知らされた。なんという酷なことをしてしまったのかと、己の愚行を悔いた。それでも……もう後戻りはできぬと思うた。『己の力のみで立ち上がれぬほどの娘を探して参れなどと、誰が申した』、『もうちいと病の軽めの娘を連れて参れ』などとは……言えるはずもなかったのだ」


「……帝……」


 紫黒帝からは、強い後悔と恐れ、恥ずかしさ……そんなような、様々な感情が伝わってきた。

 ほんの軽い気持ちで発したはずの言葉が、ここまで重い結果をもたらすことになるなんて、思いもしなかったんだと……。



(そう言えば、露草さんも言ってたっけ。初めて対面した時、すごくショックを受けてたようだったって。涙を幾つも幾つも流して、『すまない』『申し訳ないことをした』って、繰り返し口にしていたって……)



 何度も謝ってたのは、自分の軽口のせいでこんなことに……って、ものすごく後悔して、自分を責めてたからだったんだ。


 だけど今さら、


「あれは冗談だったんです」


「お付きの人達や役人さん達が、本気にしてしまっただけなんです」


「全ては勘違いから始まったことですので、どうかもうお帰りください」


 なんてこと、言えるはずもなくて。


 そんなことを言ったら、露草さんを余計傷付けてしまうと思って……黙って受け入れるしかなかった、ってことなのか……。



 確かに、ヒドい軽口ではあったけど。

 周りの人達も本気にしないだろうと思ったからって、言っていいことではないと思うけど。


 それでも、紫黒帝から伝わってくる、後悔と言うか懺悔の気持ちなんかは、心からのもののように思えたから。

 私はそれ以上、彼を責める気にはなれなかった。



「露草はとても穏やかで、温かい心の持ち主であった。朕の仕出かしたことに、薄々気付いてはおったであろうに、恨み言のようなことはひとつも漏らさず……。むしろ、常に朕に『感謝しております』などと申すのだ。朕に選んでもらえなければ、狭い世に閉じこもっておることしかできなかったと。外のことを知らぬまま、ただ命が尽きるのを待つことしかできなかったと……。苦しげに息を吐きながら、それでも幸せそうに笑うのだ。朕は……あの哀れな娘が愛しゅうてかなわぬ。藤華とはまた違う想いであるが……今や、朕にとってなくてはならぬ存在なのだ」


 いつの間にか、紫黒帝の目から涙がポロポロとこぼれ落ちていた。


 藤華さんへの想いを断ち切ることはできないけど。

 露草さんに対する温かな想いも、決して嘘ではないんだと。

 それが今の、紫黒帝の正直な気持ちなんだということが、痛いほど伝わってきて。


 私は自然と両手を胸元に当て、涙ぐみながらうなずいた。

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