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師匠の恋

 お師匠様の不倫告白に、私がひたすらパニクっていると。


「ふぉわ…っ?」


 間の抜けた声を上げた後、


「ふぉあーーーっほ! ふぉあーーーっほっほっは!……っふ、ふふっ……。ふぉあーーーっほっは!……ひ、姫嬢様、おまえさん……ほんに、突拍子もないことを口走るのぉ。さすがのワシも、たまげてしまったわい。ふぉあーーーっほっは!」


 いつもの変わった笑い方の進化系?

 ……ん? それとも、これは最上級?


 とにかく、首をかしげてしまうような笑い方で、お師匠様は笑い転げていた。



「え……。あの……お師匠様……?」



 ……そんなに笑われるようなこと、言った覚えないんだけどなぁ?



 私は戸惑い、更に更に首をかしげて、お師匠様を呆然と見つめることしか出来なかった。

 お師匠様は、ひとしきり笑ってから、あごひげをさすりさすりしながら私に向き直り、


「すまんのぉ、姫嬢様。笑うつもりはなかったんじゃが。……ふぅむ。しかし、お陰で目が覚めたわい」


 などとのたまった。



 ……え? 『目が覚めた』って……眠かったんですか?

 話を聞いてほしいって言い出したのは、お師匠様の方なのに?



 訊ねたいところを、ぐぐっと堪える。

 とにかく今は、話の先を知りたい。


「お師匠様! お師匠様がひいおばあ様に恋してたってお話を、もっと詳しく教えてください! めちゃめちゃ気になっちゃうじゃないですかっ!」


 前のめりで先を促す私を、お師匠様は、いつもの柔らかな微笑みで受け止める。


「まあまあ。落ち着きなされ、姫嬢様よ。おまえさんは誤解しておるよ。ワシは、不倫などという大それたことは、していやぁせん。ただ――」

「……ただ?」


 お師匠様は、瞳に僅かな憂いをにじませて、淡々と告げた。


「ただな、一方的に、ワシがイリス様を、お慕いしておっただけじゃよ。つまりは『片恋』じゃ。イリス様には、一切否などありゃあせん。あろうことか、主の正室に心を奪われてしまった大罪人。それがワシなんじゃよ」



 お師匠様がぽつぽつと話して聞かせてくれたのは、今のお師匠様からは想像出来ないほど、純粋で一途な恋物語だった。


 ……あ。

 純粋で一途ってところが、『今のお師匠様からは想像出来ない』ワケじゃなくて。

 お師匠様にも、恋に身を焦がしてた時期があったんだなーって、なんだか意外だったってゆーか……。


 そりゃあ、誰にだって若い頃はあるんだし?

 恋のひとつやふたつやみっつやよっつ、経験してて当然なんだけど。


 今のお師匠様って、見た目や雰囲気からして仙人っぽいってゆーか、浮世離れしてるってゆーか……。


 とにかく、そんな印象だったりするもんだから。

 俗世間では、当たり前とされてることでも、お師匠様には、どーにもそぐわない気がしたんだよね。



 でもまあ、私の感想なんかは、この際どーでもよくて。

 お師匠様が語ってくれた昔のコイバナを、かいつまんで説明すると――。



 お師匠様のご実家は、由緒正しい貴族の家柄で、お師匠様は、その家の跡継ぎだった。

 幼い頃、同年代だった王家の第一王子(私のひいおじい様である、エドヴァルド)の遊び相手に選ばれたお師匠様は、共に、勉学や剣術の稽古に勤しんでいた。


 幸い、二人の相性はすごく良くて。

 お師匠様は、将来、ひいおじい様の騎士になることを、ごくごく自然に願うようになり……ひいおじい様も、それを強く望んでくれた。

 つまり、身分を越えた友情で、二人は強く結ばれてた――ってことなんだろうと思う。


 でも、そんな二人の関係も、ひいおじい様の婚約者である、ひいおばあ様――イリスが現れたことによって、微妙に変わって来てしまった。

 ……早い話が、お師匠様は、ひいおばあ様に一目惚れしてしまったんだ。


 だけど、どんなに恋焦がれたところで、相手は次期国王の后となるお方。

 実るはずのない恋だと、必死に忘れようとしたそうなんだけど、どうしても出来なくて――。


 散々苦しんだあげく。

 お師匠様は、とうとう思い詰めて、旅に出ることを決意した。


 ひいおじい様に、『修行の旅に出たい』と願い出た時。

 彼は、とても寂しそうな顔をして、『わかった。好きにするがいい』とだけ言い、あっさり了承してくれたそうだ。

 お師匠様が言うには、『ワシの気持ちに、陛下も気付いておられたんじゃろう。片恋が辛くて逃げ出すワシを、何も訊かずに見送ってくださった』ってことで……。



「ワシは逃げた。逃げて逃げて逃げまくったんじゃ。己の気持ちからも目をそらし、騎士になると誓った主すら置き去りにして……。ただ我が身可愛さに、全てを放棄したんじゃよ。そうして各地を渡り歩き、わざと危険に身を投じるなどして、無茶ばかりしておった。いつ死んでも良いと……いんや、いっそ死んでしまいたいとな。……しかしのぉ。そう簡単には、終わらせてくれんかったよ。運命という奴も、意地が悪いからのぉ。そんな軟弱な人間は、もっと苦しめ、もっともがけと、責め立てて来る。苦悶の先に、何かを学び取れと……つまりは、そういうことじゃったのかも知れんがのぉ」


「お師匠様……」


「だが、ワシは相当の愚か者じゃて。何十年経っても、何も学べはせんかったよ。幾多の無茶な行動のせいで、名だけは、世に知れ渡っておったがの。それに……新しい恋でもすれば、自然に忘れられると思っとったが、それすら叶わんかった。ワシは、いつまでも未練がましく、あのお方をお慕いし続け……そのクセ、目をそらし続けたせいで、あのお方が崩御(ほうぎょ)されていたことにすら、しばらくの間気付けんかった」


 寂しげな笑みを浮かべるお師匠様を見て、ツキンと胸に痛みが走った。

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