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紫黒帝の調べ

 唐突に横笛を吹き始めた紫黒帝に、ちょっとビックリしてしまったけど。

 彼が奏でる笛の音は、一瞬で惹き付けられてしまうほどに美しく、そしてどこまでも澄み切っていた。


 目をつむって聴いていると、自然と雄大な山々や川の清流、暗闇にぽかりと浮かぶ月などが浮かんできて……幻想的な世界に引き込まれるような感覚がした。


 和楽器が、こんなに繊細で多彩な音色が奏でられる楽器だなんて、正直なところ思ってなくて。

 勝手なイメージだけど、単調で素朴な音色しか奏でられないんだろうと思っていた。


 どうしてそんな風に思い込んでいたのか、自分でもわからないけど……。

 とにかく、笛の音色に聴き惚れつつ、私は今までの勝手な思い込みを猛省していた。



 笛の音が止み、私がそっと目を開くと。

 紫黒帝は、はにかんだような笑みを浮かべて訊ねた。


「すまぬな、リナリア。いきなりの思い付きで、呆れさせてしまったであろうか? それで、その……朕の調べはいかがであった?」


 初めて見る紫黒帝の照れ笑いに、ちょっとキュンとしながらも。

 私は心からの拍手を送り、


「よかったです、とっても! すっごくキレイな音色で、驚いちゃいました! 頭に山とか川とか月とか浮かんできて……『おおー!』ってなりました!」


 正直ではあるけど、メチャクチャ稚拙な感想を告げる。


「『山とか川とか』? 『おおー』……となる?」


 紫黒帝は、やはりピンときていないようで。

 しばらく口をぽかんと開けて、不思議そうに私を見つめていた。


 これはマズいと、


「すっ、すみません! 私、ここまで近いところで素敵な演奏聴かせていただいたことなんて、今まで一度もなかったので……。あの……感想とかうまく言えなくて……。でもっ、ホントに素晴らしい演奏――っ、あ……え、と……調べ! そう! 美しい調べでした!」


 さらに感想を並べ立ててみたけど、逆効果だったかもしれない。

 私は自分の語彙の貧困さを恥じ、うまく伝えられない悔しさに顔を熱くしてうつむいた。


「……そうか、美しい調べであったか。そのように思ってくれたこと、嬉しく思うぞ。朕が誇れるようなものは、これくらいしかないのでな。昨日の詫びも兼ねて、どうしてもそちに聴いてもらいたかったのだ。姉上も……朕の調べは人の心を打つと、褒めてくださっていたのでな……」


 どこか寂しげにも聞こえる声色に、私はハッとして顔を上げた。

 昔を思い出してでもいるのか、紫黒帝はしっかりと握り締めた横笛を、憂いを含んだ眼差しで見つめている。


「お母様も、褒めて……?」


「……ああ。まだ習いたての頃であったし、聞くに耐えない、ぎこちない調べであったろうと思うのだが……。それでも姉上は、いつも優しく微笑んでくださり、『美しい調べじゃ』『きっと達人になるじゃろう』と、賛辞を送ってくださった」


「そう……ですか。お母様が……」



 お母様、紫黒帝のこと……すごく可愛がってたんだな。

 紫黒帝も、お母様を心から慕って……良い関係を築いてたんだろうな。


 だからこそ、そんな大切なお母様を横からさらって行ったって、お父様のことを憎んでるんだろうけど……。



 う~ん。

 どうしたら、紫黒帝からお父様憎しの感情を取り払えるんだろう?

 いつまでも憎まれたままじゃ、二国間の外交とか、そーゆーものにとっても良くないよね?



 紫黒帝と話中だったことをすっかり忘れ。

 私は〝お父様と紫黒帝を仲良くさせる方法〟をひたすら考えていた。


 すると紫黒帝が、


「姉上が好きだとおっしゃった朕の奏でる調べであれば、そちも気に入ってくれるであろうと思ったのだ。それで少しでも、そちの心を慰められればと……。しかし、この程度のことでは詫びにはならぬな。まこと、朕が浅はかであった。……恥ずかしいことであるが、どのようなことをすれば、そちに許してもらえるのかわからぬのだ。そちは、姉上が残されたただ一人の大切な御子。嫌われとうはない。嫌われとうはないのに……何ゆえ、あのような愚かな真似をしてしまったのか。……わからぬ。朕にもわからぬのだ」


 辛そうに顔をゆがめ、横笛をギュッと握り締めてうつむく。

 私はなんとなく耳を傾けながら。

 彼がまだ、私をちょっとの間監禁していたことを、私が許していないと思い込んでいることに気付き、大慌てで口を開いた。


「ちょ――っ! ちょっと待ってください! 昨日のことならもういいですって、今朝お伝えしましたよね? なのに、『どのようなことをすれば、そちに許してもらえるのかわからぬ』……って何なんですかっ? 私、とっくに許してますよ? 帝も今朝、ちゃんと謝ってくれましたし……それでもう、全部水に流したはずですけどっ?」


 紫黒帝は驚いたように顔を上げ、私をじいっと見つめる。


「……まことか? あの程度の……一度詫びた程度のことで許してくれるのか?」


「はい! もちろん!」


 私は大きくうなずいて、ニッコリと笑ってみせた。

 紫黒帝は、しばらく私の顔をしげしげと眺めていたと思ったら、


「ほぅ……。そちは寛容なのだな。姉上は一度お怒りになられると、詫びた程度では決して許してはくださらなかったが……。やはり、親子と言えども、似ておらぬところはあるものなのだな」


 何度も小さくうなずいた後、ホッとしたように笑みを浮かべた。

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