紫黒帝からの呼び出し
紫黒帝からお呼びが掛かったため、私は萌黄ちゃんに急かされ、ザックスにいたときの普段着から別の服に着替えさせられた。(もちろん着替えてる間は、イサークと雪緋さんには表に出てもらっていた)
着替えさせられた服は、紫黒帝からの贈り物である和洋折衷って感じの服。
この国に着いた時と、神結儀の日に着ていた服のことだ。
改まった場に出席するというわけでもないのに、どうしてわざわざ着替えなきゃいけないのか。
正確な理由はわからなかったけど、とにかく萌黄ちゃんは、
「帝にハイエツするのですから、礼服に決まってます!」
の一点張りで。
イマイチよくわからなかったけど、『まあ、この国の人である萌黄ちゃんが言うんだから、そーゆーもんなんだろう』と、私はムリヤリ自分を納得させた。
神の憩い場から戻ってきて、まだそれほど時間が経っていなかったから、私の髪は少し濡れていて。
髪飾りを付けようとした萌黄ちゃんに、
「ヤダっ。リナリア姫殿下、おぐしが湿ってるじゃないですか! こんなだらしないおぐしのまま帝にハイエツするなんて、考えられませんよ! あぁあもうっ、いーです! 結ってまとめてごまかしますからっ!」
なんて言って、叱られてしまった。
……だって、しょーがないじゃない。
ザックスでは、アンナさんとエレンさんが乾かしてくれてたけど。
この国では、私のお世話係は萌黄ちゃんだけなんだし。
手間掛けさせちゃ悪いな~って思ったから、タオル(っぽいもの、だけど)でバババッと余分な水分拭いて、後は放置の自然乾燥させてたんだもん。
私、毛量は結構多い方だから、乾かすのに時間掛かるのよね。
だから、向こうの世界にいた時もドライヤー使うの面倒臭くて(髪が痛むから良くないってわかってたけど)、タオルで拭いてから放置~の自然乾燥なんてしょっちゅうだったし。(晃人には『ガサツだなー』って呆れられたっけ)
――とにかく、そんなワケで。
萌黄ちゃんに着付けを手伝ってもらった後。
髪をギッチギチにまとめられ、頭に花飾りをこれでもかと盛られた私は。
迎えの人に案内され、しずしずと紫黒帝の元に向かっていた。
「こちらでございます」
ある部屋の前で立ち止まると、案内役の人(御所に着いた時、風鳥殿まで案内してくれた通訳の人)がくるりと振り返って頭を下げた。
「帝は『二人だけで話したい』と仰せでございましたので、私はあちらの奥で控えております。御用がお済みになりましたら、またお呼びください」
言いながら、案内役の人は廊下の奥の方を指し示す。
よくよく見てみたら、他にも数名ほどが座し、こちらに向かって深々と頭を下げていた。
私は『わかりました』とうなずき、キレイな御簾の掛かった部屋へと、少し緊張しながら歩を進める。
そっと御簾を上げながら小声で『失礼いたします』と言った後、私は紫黒帝の待つ部屋へと足を踏み入れた。
紫黒帝は、四方をうっすらと透ける布で覆われた小部屋? に座っていた。
小部屋と言っても、部屋の中にまた部屋が――というわけではなくて。
部屋の奥まったところに、上品で豪華な蚊帳が据えられている……って感じに見えるかな?
……んん?
でも、蚊帳と言うより天蓋って方が、よりイメージには近いかも。
〝天蓋付きベッド〟じゃなくて、〝天蓋付き高畳〟?
厚めの板が置かれた上に、さらに厚めのキレイな畳が敷かれてて。その上にまた、座布団くらいの大きさのキレイなゴザ? が敷いてあって、そこに紫黒帝は座ってるんだけど。
取り囲むように四本の柱があって、その上から、白い上質そうな透けた布が掛けられてる……って、こんな説明でわかってもらえるかな?
まあ、とにかく。
部屋の奥の方に紫黒帝が座ってて、両手には横笛っぽいものを握っていた。
紫黒帝はゆっくりと私に視線を移すと、
「おお。よくぞまいったな、リナリア」
嬉しそうに微笑んで、私を『早うこちらへ』と手招きした。
大人しく従い、二メートルほど近付いたところで立ち止まる。そこで一礼し、私はゆっくりと腰を下ろした。
「くつろいでいたのであろう? そのような時に呼び立ててしまってすまぬな。どうしても、そちと話がしたかったのだ」
「あ、いえ。あの……特に何かをしていたわけでもありませんので、お気になさらないでください」
「……うむ。ならばよいのだが――」
紫黒帝は憂いを含んだ顔つきで下を向くと、急に沈黙してしまった。
……なんだろう?
用事があったから呼んだのかと思ってたけど、そーゆーワケでもないのかな?
さっき言ってた、『話がしたかった』ってのは何?
そんな風に思ってくれてたにしては、沈黙が妙に長いけど……。
途中、何度かしびれを切らして、『話ってなんですか?』『さっさとしちゃってください』――なんて急かしそうになってしまったけど。
そこをどうにか我慢して、私は彼が話し始めるのを待った。
数分後。
ようやく紫黒帝の口から発せられたのは、
「おお、そうであった。――リナリアよ、朕の調べを聴いてくれぬか? いつかそちにも聴かせたいと思っておったのだ」
という、予想外のセリフだった。
思いっ切り『へっ?』と間の抜けた返事をしてしまった私のことなど、まったく気にも留めず。
紫黒帝は持っていた横笛をおもむろに構え、口元へと近付けた。