表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/251

寂しさと幸福と衝撃と

「とにかく、護衛交代は姫さん自身が望んでるこった。あんたは用済みなんだからよ。ほら、大人しく帰った帰った」


 イサークはカイルに向かってそう告げると、片手で〝シッ、シッ〟と追い払うような仕草をした。

 失礼過ぎる態度にカッとなって、


「ちょっとイサーク! 用済みとかってひどい言い方はやめてくれない!? その手もメチャクチャ失礼だし!」


 私は両拳を握り締め、強くイサークに抗議した。

 彼は面倒そうに振り返り、


「あぁ? 用済みは用済みだろーが。他にどう言えってんだよ?」


 腕を組みつつ、私をギロッとにらみつける。

 いきなり訊ねられ、『他にって言われても』と困り果てていると。


「お話中に口を挟んで申し訳ございませんが、そろそろ失礼させていただいてもよろしいでしょうか? 私が不要ということでしたら、藤華様にご用向きをお訊ねしに参らねばなりませんので」


 少しだけ不機嫌そうな声色で、カイルが私に訊ねてきた。

 私は慌てて承諾し、イサークの非礼を詫びてから頭を下げた。


 イサークも雪緋さんもこれには驚いて、


「姫さんっ?……ちょ――っ、なに頭なんか下げてんだよ!?」


「リナリア姫様! そのような恐れ多いこと……どうかおやめくださいませ!」


 なんて、側でワーワー言ってたけど。



 結局、こちらの都合を押し付けることになっちゃったんだもの。

 彼に悪いところなんてひとつもないんだから、きちんと謝るのが筋だと思うのよね。


 ……まあ、こんなところを先生に見つかったら、


「一国の姫君という自覚も誇りもないのだな、君は。簡単に頭を下げるものではない!」


 とかって、叱られちゃうだろうけど……。


 いーのっ! ここに先生はいないんだから。

 私の好きなようにさせてもらうもんねっ!



 二人の制止も聞かず、私は頭を下げ続けた。

 すると、


「……まったく。あなたという人は――……」


 カイルが何やらつぶやいて、私は『えっ?』と思って顔を上げた。


「カイ……翡翠さん? 今、なんて言ったの? よく聞こえなかっ――」


「謝罪など必要ございません。どうかお気になさいませんように。それでは、失礼いたします」


 私の話をさえぎるように、早口でそう告げると。

 カイルは私達の横をお辞儀して通り過ぎ、御所の方へと戻って行った。



(カイル……。ホントに今、なんて言ってたんだろ? 最後の方は小声で聞き取れなかったな……)



 でも、『まったく。あなたという人は』に続く言葉なんだから、やっぱり……。


「身分が下の者に頭を下げるなど、恥ずかしいとは思わないのですか?」


 ……とか。


 そんなよーな言葉……かな?



「きっと、呆れられちゃったんだ……」


 遠ざかって行くカイルの背中を見つめながら、私は泣きそうな気持ちでつぶやいた。



********************



 神の憩い場――川の温泉に肩まで浸かっていると。

 さっきまで沈み込んでいた心が少しずつ癒やされ、じんわりとした幸福感が、心と体の両方に染みわたって行く気がした。


 ただ温泉に浸かってるだけなのに。

 我ながら単純だな……とは思うけど。


 いーじゃない。単純でも。

 いつまでも暗い気持ちを引きずってるよりは、よっぽどマシでしょ?



「――ん?」



 ……あれ?


 今、一瞬。

 すごく良い香りがしたような……?



「どうじゃ? 香で知らせてやったから、もう文句はあるまい?」

「――ッ!」


 いきなり眼前に白藤が現れ、私はギョッとして固まった。

 白藤はニヤニヤ笑いながら空中に浮かび、私を見下ろしている。


「そちがうるさく言うものじゃから、わざわざ香をくすねてきてやったのじゃぞ? 香は宝具殿の奥の奥、そのまた奥の方で厳重に保管されておってのぅ。見つけるのがちと面倒じゃったが……。なぁに。我に掛かれば、忍び込むもくすねるも自由自在じゃ。どうということもなかったわ」


 得意げに胸を張って高笑いする白藤を、私はしばらく呆然と見つめ……。

 今がどういう状況だか気付いた瞬間、


「キャーーーーーッ!! 何考えてんのよっ、白藤のバカァーーーーーッ!!」


 思いっきり声を張り上げ、自分の体を抱き締めるようにして体を丸めた。


「フムン?……何を怒っておるのじゃ? そちの申すように、現れる前に香で知らせてやったではないか。今度は何が不満なのじゃ?」


 意味がわからないとでも言うように、白藤はフワフワ浮かんだまま腕を組む。

 私はなるべく体全体を隠せるように岩肌に背中をくっつけ、体育座りのように両手で両膝を抱えつつ、白藤をキッとにらみ付けた。


「『何を怒っておるのじゃ?』じゃないわよッ!! 不満大アリに決まってるでしょッ!? 女性が素っ裸でお湯に浸かってる時に現れるなんて、非常識にもほどがあるわ! 香で知らせればどこに現れてもいいってことにはならないのよ! 一応この国の神様のクセに、そんなこともわからないのっ!?」


 あまりの恥ずかしさに、涙がじわりとにじんでくる。

 カイルの時は偶然の事故だったから、まだ仕方ないと思えたけど……。


 このボンクラ神は故意だから!

 こっちが裸なのわかってて現れたんだから有罪! しかも重罪よ!



 必死に体を隠しながらにらみ続ける私を、白藤はポカンとした顔で見つめている。

 私の怒りの原因が理解できないとでも言うのだろうか?



 ……だとしたら相当鈍いわよね、このお騒がせ神?

 乙女の裸目撃しといて……むぅう~~~、動揺すらしてないってのも気に入らないしっ!



 黙り込み、マヌケ顔でフワフワ浮かんでいる白藤を、私はひたすらにらみ続けていたんだけど。


「姫さんッ!! 今度こそ何かあったのか!? 悲鳴みてーな声したよな!?」

「リナリア姫様!! ご無事でございますかッ!?」


 ……またしても。

 護衛二人が耳ざとく私の悲鳴を聞きつけ、こちらに近付いて来つつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ