激突!? 護衛 VS 護衛
神の憩い場の近くまできた時。
横道から現れた人に気付いた私は、ハッとして立ち止まった。
「……カイル」
思わずつぶやくと、
「あぁ? カイルだって?」
驚いたようにイサークが振り返り、私は両手で口元を押さえた。
……マズい。
翡翠さんじゃなくて、カイルの方で呼んじゃった。
確かイサークには、船に乗っていた時……カイルって名前を聞かれちゃったことがあったんだっけ。
……どーしよう。
行方不明だったカイルが、実は船舶事故か何かでこの国に流れ着いて、別の名前で暮らしてました。
しかも、彼には以前の記憶が一切ないみたいで――なんてこと、カイルの許しも得ずに話しちゃっていいのかな?
私が迷っていると、すぐ側まで歩いてきていたカイルが、やはり立ち止まり、
「リナリア姫殿下。先ほど藤華様より、護衛を変えて欲しいそうだとお聞きしたのですが……それは真でございますか?」
少し不機嫌そうな顔で訊ねてきて、私の心臓はドックンと跳ね上がった。
「あ……。ちっ、違うの!……あ……ううん。藤華さんに護衛を変更して欲しいってお願いしたのは事実だけど……。でもっ、べつにカイ――っ、……翡翠さんがイヤってことじゃなくて!」
「……嫌ではないのでしたら、何ゆえでございますか?」
「えっと……あのぅ……。藤華さんから、何も聞いてない……?」
「……理由をお訊ねしたのですが、『それは御本人にお訊きして? わたくしからは何も言えないわ』……とのことでございました」
「ええっ?……そ、そんなぁ……」
わーーーんっ!
どーして話しといてくれなかったの藤華さーーーん!?
……まあ、理由って言ったって、その場しのぎの嘘……ではあるんだけど。
でもでもっ、カイルのことキレイだって思ってるのはホントだしっ!
理由は嘘でも、思ってることは嘘じゃないしっ!
でも、だからって……。
嘘の理由にしても、自分の口から、
「あなたはキレイ過ぎて、側にいられるとドキドキしちゃって、落ち着かないから」
――なんてこと、言えるわけないじゃないっ!!
あ~っ、も~~~っ!
どーーーっしたらいーーーのぉおおーーーーーっ!?
どう言えば丸く収まるのかと、私はひたすらぐるぐるしてしまっていた。
正直に言えばいいんだろうけど、言ったら確実に呆れられる。
……ううん。
呆れるを通り越して、気味悪がられちゃうかも……。
だって、彼には以前の記憶がないんだもの。
私に好意を持ってくれてたことだって、覚えてないんだから……。
今のカイルにとって、私は赤の他人も同然。
そんな人間から『キレイ過ぎてドキドキしちゃう』なんて言われたって、戸惑うだけだろうし……やっぱり気持ち悪いよね……?
「りっ、理由は大したことじゃないんだけどっ! でもあのっ、えーっとぉ……。あ、そう! ここにいるイサークが、もともとは私の護衛でねっ? だからえっと……彼の仕事奪っちゃうのは可哀想かな~って、ずっと思ってて! 藤華さんも、彼に戻しても問題ないって言ってくれたし! だから、あのぅ……急で悪いんだけど、そーゆーことだから! 私の護衛のことは心配しないで、あなたは元の任務に戻って?」
カイルに問題があるから、護衛を変えるわけじゃない。
あくまで私のワガママなんだということを強調するため、私は思いきり愛想笑いを浮かべた。
彼はしばらくの間、探るような目つきで私をじっと見つめ――。
ふいに、大きなため息をついた。
「……承知しました。リナリア姫殿下が、そちらの方の方が私より護衛として優れている――とお思いなのでしたら、私に言えることは何もございません。元の務めに戻らせていただきます」
いつもより低めの、ちょっとだけ機嫌が悪そうな声で告げる。
怒らせちゃったのかと不安になった私は、慌てて『違う! イサークの方が護衛として優れてるとか、そーゆーことじゃなくて!』と言おうとしたんだけど。
「おいっ、てめえ! さっきからワケわかんねー言葉でペラペラくっちゃべりやがって! 何言ってんだかさっぱりわかんねーが、その顔つきからすっと、姫さんに突っ掛かってってるよーにしか見えねーぞ!? 護衛を外されていじけてんだか何だか知んねーが、ザックスってぇ大国の姫に対し、そーゆー態度は問題あんじゃねーのか、あぁッ!? それにな、姫さんはこの国の言葉も一応しゃべれるみてーだが、慣れてねーに決まってんだから、言いてーことはザックスの言葉で伝えやがれ!」
イサークの方が一瞬早く、カイルに向かって意見を述べた。(……ってか、雰囲気的には〝スゴんでみせてるチンピラ〟にしか見えなかったけど……)
「ちょっ、ちょっとイサーク! やめてってば! いきなり護衛変えたいって言い出したのは私の方! 私が悪いんだから、そんな風にカイ――っ、……翡翠さんのこと悪く言わないでっ?」
慌てて止めに入ったものの。
イサークの怒りは、そう簡単には収まってくれなくて……。
「ああ!? 姫さんはこんなウジウジした男をかばうのかよ!? 言葉の意味はわかんねーにしても、こっちからはネチネチ文句言ってるよーにしか見えなかったぞ!?」
「ち、違うよ! 翡翠さんは文句言ってたんじゃなくて、護衛変更の理由を私に確かめてただけ! それだけなんだってば!」
「ウソつけ! あんた呆れるほど抜けてっから、どーせネチネチ嫌味言われてんのも気付かねーで、ヘラヘラ笑ってたんだろーが!」
「な――っ!……『呆れるほど抜けてる』ってどーゆーことよ!? 私だって、嫌味言われてたら気付くに決まってるでしょ!」
「いーや、あんたは気付かねーよ。悪人だろーが罪人だろーが、すーぐ信じちまうしなぁ!」
「信じないわよ! さすがに悪人は信じないってば!」
「いーや、ぜってー信じるね! 現に俺のことだっ――」
「いい加減にしてください!!」
すぐ側で大声を出され、私とイサークはギョッとして固まった。
そろそろと声のした方に目をやると……。
完全に腹を立てているのか、カイルが見たこともないような怖い顔で、こちらをにらみ付けていた。