信じざるを得ないこと
藤華さんに取り次いでもらい、紫黒帝に護衛の変更をお願いしに行くつもりだったけれど。
「事情はよくわかりました。帝には、わたくしからお伝えしておきますわ。昨日のこともあって、リナリア姫殿下もお疲れでしょう? お早く風鳥殿にお戻りになって、どうかごゆるりとお休みください。すぐに雪緋もそちらに向かわせますわ」
そんな風に、藤華さんが申し出てくれて。
結局私とイサークは、そのまま風鳥殿に戻ることになった。
それでは申し訳ないですって、一応お断りはしたんだよ?
でも、藤華さんってば意外と頑固で。
何度か『いえ、私も一緒に』『いいえ、わたくしが』という応酬を繰り返し、最終的には、私が折れることになっちゃったんだよね。
まあ、気を遣ってくださってありがたい限りだし、文句なんてあるワケもないんだけど。
藤華さんの新たな一面を知ってしまったような気がして、私は感心しつつうなずいた。
「――って、おい! 何だよいきなり? ビビらせんじゃねーよ!」
私の無言のうなずきに、ギョッとしてしまったらしい。
隣を歩いていたイサークが急に立ち止まり、抗議するような声を上げた。
「あぁ……ごめんごめん。何でもないから気にしないで?」
「はあ? 何でもないだぁ?」
「うん、そう。藤華さんは優しいなぁって、感心ってゆーか、感動してただけだから。イサークには関係ないことだし、気にしなくてもダイジョーブだよ?」
「トウカ? トウカって……。ああ、巫女姫とかってゆー、さっきのネーチャンのことか」
「ね――っ?……『ネーチャン』って……。もう! 相変わらず口悪いなぁ」
私の前だったから、まだよかったようなものの。
この国の人の前で言ってたら、きっと大変なことになってたよ……。
まったく。
発する言葉には、もうちょっと気を付けて欲しいもんだわ。
……あ。
でも、イサークはこの国の言葉がしゃべれないんだっけ。
そっか。
だったら、通訳の人がいないとこなら何言ってもバレないし、問題ないのか……。
一応ホッとしたものの。
用心に越したことはないと、イサークには強めに忠告しておいた。
彼は『へいへい』とテキトーな返事で受け流し、
「んなことよりもよ。昨日、あんたが囚われちまった原因は何だったんだよ? いったい、何やらかしたんだ?」
ちょっと真剣な顔つきになって、昨日のことを訊ねてくる。
メンドクサイなぁとは思ったけど、特に秘密にしておく理由もない。
カクカクシカジカと、私の身に起こったことを話して聞かせると。
「あぁ? 『神様が見えちゃったせいで、危うく巫女姫にさせられそうになった』だぁ?……何だそりゃ? あんた、神様なんてゆーワケわかんねーもんが見えんのかよ?」
「……うん、まあ……。そーゆーことみたい……」
(べつに、見えなくてもよかったんだけどね……)
――なんて。
白藤が聞いたら怒り出しそうだけど。
本音がチラッと、脳裏をよぎっちゃったりなんかして……。
「へーえ。雪緋のことといい、あんたといい……世の中にゃあ、信じらんねーよーなことが、結構転がってるもんなんだなぁ?」
イサークは私の話を素直に受け入れてくれたらしい。感心したようにうなずいている。
意外に思って、『信じてくれるの?』と訊ねたら。
「そりゃまあ……雪緋のことがなかったら、信じらんねーって思ってただろーけどよ。……実際目にしたワケじゃねーにしても、雪緋の話は信じざるを得ねーだろ。ドアの外でずっと見張ってた俺が、雪緋が入ってくとこもウサギが出てくとこも、一切目にしてねーんだから。出入りできるとこが他にねえってーんじゃ、信じたくなくても信じるしかねーじゃねーか。〝ウサギが雪緋になっちまった〟って事実をよ」
「……うん。そーだよね。イサークが見張りをサボってどっかに行っちゃってたとか、うっかり眠っちゃってたってゆーんでもなければ、説明つかないもんね。……あの日、ちゃんと見張ってたんでしょ?」
「ったりめーだ! ドアから少しも離れてねーし、ウトウトすらしてなかったっつーの!」
疑われるのは心外だとばかりに、イサークは私をギロリとにらみ付けた。
慌てて、本気で疑っているわけじゃないことを告げ、
「それよりさ。やっぱりイサークにも見えない? 神様、今ここにいるんだけど」
手っ取り早く怒りを静めるためには話題を変えるのが一番と、別の話を振ってみる。
「はっ? ここにいるって……神様ってヤツがか!?」
イサークは大きく目を見開き、キョロキョロと辺りを窺い出した。
「うん。さっきからずーーーっといるよ? 私、二人に挟まれて歩いてたんだもん」
「挟まれて?……ってことはそっちか!」
今度は身を乗り出し、自分の逆側を目を凝らすようにして見つめている。
その様子があまりにも〝必死〟って感じだったから、思わずプッと吹き出してしまった。
「おいっ! ナニ笑ってんだコラァ!?」
たちまち目を三角にし、イサークは私に噛み付いてくる。
「フムン?……やれやれ。騒々しい奴じゃのぅ? そちとよく似ておるわ」
ちょっぴり呆れ顔の白藤に、私はすかさず『は!? どこが!? 全然似てないし!』とツッコんだ。