憂いの巫女姫
風鳥殿に戻る途中。
前方から、藤華さんと数名の女官さん達が歩いてくるのが目に入り、私は思わず足を止めた。
藤華さんの顔を見た瞬間、昨日のことが脳裏に浮かんでしまったからだけど……。
カイルと抱き合っていたところを私に見られたなんて、藤華さんは夢にも思っていないはずだ。動揺してることを気付かれちゃいけない。
私は高鳴る鼓動を押さえるよう、胸元に両手を当てた。
藤華さんは私と目が合うと、ハッと目を見開き、こちらに向かって歩いてきた。
「リナリア姫殿下! 昨日は大変お恥ずかしいところをお見せしてしまいまして、誠に失礼いたしました。……それから、あの……リナリア姫殿下に巫女姫になっていただきたいがために、帝があなた様を、いずこかに閉じ込めてしまわれたとお聞きしましたの。ですが、こうしてあなた様が表に出ていらっしゃるということは、帝がお考えをお改めくださったのですね。よかった……安心いたしましたわ」
「あ……はい。たった今、帝に拝謁してまいりまして……。昨日はどうかしていた、本当に申し訳なかったと、謝罪してくださいました」
「まあ、そうでしたのね。帝が謝罪を……。ですが、誠にお恥ずかしい限りですわ。わたくしが帝のご期待に添えずにいるばかりに、リナリア姫殿下に多大なご迷惑をお掛けしてしまって……。わたくしがいつまで経っても、紅華様のような立派な巫女姫になることができないせいで、皆を不安にさせているのですね……」
藤華さんの瞳に、うっすらと涙がにじんでいる。
泣かせてしまうと焦った私は、思い切り首を横に振った。
「いいえっ、そんなことありません! 藤華さんは毎日お忙しく、巫女姫のお務めを果たしていらっしゃるじゃないですか! 私には、お母様がどんなに立派な巫女姫だったのかわかりませんけど……。でも、お母様はお母様で、藤華さんは藤華さんです! 別の人間なんですから、能力も違ってて当然です! ご自身のお務めをしっかりこなしていらっしゃるなら、それでいいじゃありませんか! お母様と比べる必要なんて全くありませんよ! 藤華さんには、藤華さんにしかできないことがあるはずです! 藤華さんを必要としてくれている人だって、きっとたくさんいらっしゃいます! ですから、あの……もっと胸を張ってください!」
私が突然まくし立てたから、驚いたんだろう。藤華さんは両手を胸に当て、目を大きく見開いている。
……マズい。
藤華さんがお母様と比べてばかりいるのが悲しくて、つい、偉そうなことを言ってしまった。
私なんて、この国に来たばかりで。
蘇芳国のことも、藤華さん自身のことも、まだほとんど知らないクセに……。
「あっ、あの……っ、すみません! 急にベラベラと偉そーなことを――っ。でもあのっ、えっと……えーっとぉ……」
……うぅぅ……。
どーしよう?
藤華さんもお付きの女官さん達も、ポカーンとした顔でこっち見てるよぉ~っ。
ぜーーーったい、呆れられちゃったよーーーーーっ。
何か言わなくちゃと焦れば焦るほど、頭が真っ白になって行って。
とっさにイサークを振り返り、彼に助言をしてもらおうとしたところで、肝心なことを思い出す。
そーだ!
イサークはこの国の言葉を聞くことも、話すこともできないんだ。
そんな彼に助言を……なんて、あまりにも迷惑な話だった。
あー、危ない危ない。
もうちょっとで、彼を困惑させちゃうところだったわ。
私はぎこちなく顔を正面に戻し。
自分の力だけで、何とかこの場を切り抜けようと覚悟を決めた。
――すると。
藤華さんは優しく私の両手を取り、自分の胸の前でギュッと握った。
「え……っ?」
意外に思って見つめると、彼女はふわっと、花の蕾が開くように微笑む。
「ありがとうございます、リナリア姫殿下。あなた様のお言葉、とても心に染みましたわ。……そうですね。わたくし、紅華様を尊敬するあまり、あの方のようになれなければ、わたくしにはほんの少しの価値もないのだと、己を追い詰めておりました。どうあがきましても、紅華様に追いつけるはずもございませんのに……」
「藤華さん……」
「あなた様のおっしゃいますように、わたくしはわたくし。わたくし以外にはなれぬのですから。紅華様と比べるなんて、愚かすぎますわね。これからはあまり無理をせず、この国の民が一人でも多く救われるためには何が必要なのか、そのために己にできることは何なのか、それのみを考えることにいたします」
そう締めくくると、藤華さんはニコリと笑った。
それで私もホッとして、笑い返したんだけど――。
(やっぱり素敵な人だな、藤華さんって。カイルが好きになっちゃうのも、当然って気がする……)
しみじみ感じ入ってたら、ツキリと胸に痛みが走った。
こんなに素敵な人がカイルの新しい恋人なら……私もいつかは、彼のことを諦められるかな?
諦めなきゃいけないって、わかってはいるんだけど……。
一気に暗い気持ちになって、泣き出しそうになってしまったら。
藤華さんが不安げな顔をしたので、私は慌てて作り笑いを浮かべた。