紫黒帝側近からの〝お願い〟
私を助けようとしてくれた、イサークの気持ちは嬉しかったものの。
倒れている人を放置して、逃げ出すわけにも行かず……。
結局私達は、イサークに倒された人達の前で途方に暮れているところを、他の役人さん達に発見され。
特に抵抗することなく、紫黒帝の元まで連行されることになった。
私のことはまだともかく。
見張りの人達を倒してしまった、イサークのことが気掛かりだった。
まあ、倒したと言っても、素手の一撃で気絶させただけのようだったから。
すぐに倒された人達も気が付き、起き上がってきて。
体の具合を訊ねたら、ちょこっと体の一部が痛いとか、青あざができてた――って程度のケガで済んだらしいんだけど。
大したことなかったにせよ、四名にケガを負わせてしまったのは事実だし。
そうすると、イサークの処分がどうなってしまうのか……そのことだけが心配だった。
――だけど。
謁見の間(正確な名前は知らないけど、そんな感じのところ)に通された私達に、紫黒帝は驚くほど優しくて。
今回のことを不問としてくれたばかりか。
結果として暴力を振るってしまったイサークすら、一切のおとがめなし。
おまけに『今までのこと、大変申し訳なかった。二度と監禁などしないと約束する』と、謝罪までしてくれた。
でも……えぇー……?
監禁までしておいて、たった一日で解放して『ごめんなさい』?
調子が良すぎると言うか何と言うか……さすがに呆れて、私は言い返す気にもなれなかった。
なんだかどっと疲れて。
謁見の間を出て、元いた風鳥殿に戻ろうとしていたら。
いつも紫黒帝の周囲にいる役人さん達数名が、人目を気にするようにキョロキョロしながら近付いてきた。
「リナリア姫殿下。誠に恐縮ではございますが、帝につきまして、ご相談申し上げたいことがございまして――」
ヒソヒソ声でお願いされ、すぐ側にある部屋に案内されたんだけど――。
話と言うか、彼らの言う相談は数分で済み、私とイサーク(彼はついでについてきただけだったけど)は再び廊下に出た。
たった今された相談を思い返しつつ、ゆっくりと廊下を歩く。
「う~ん……。嫌な相談されちゃったなぁ。……まあ、彼らの言うこともわかるんだけどさ。こういうデリケートな問題に、よそ者が口出しするのって……あんまりよくないと思うんだよね」
腕組みして、隣にいるイサークに率直な感想を伝えた。
「そー思うんなら、引き受けなきゃよかったじゃねーか。面倒事に巻き込まれんのは困るんだろ?」
「う……。そりゃまあ、そーなんだけど……。あんな困りきった顔でお願いされたら、突っぱねることなんてできないじゃない」
「はあ? そーかぁ? 姫さんを監禁するってー紫黒帝に、意見すらできなかったヤツらだぜ? 俺だったら『知るか! んなもん、テメーらで解決しやがれ』つって、放っとくけどな」
「えぇー、そーなの?……う~ん……でも、そーゆーわけにも行かないよ。私はお父様の代理で――ザックス王国代表として、ここにいるんだから」
「あんたの父親なら、断んなかったってーのか?」
「うん。たぶん」
私の答えに、イサークは呆れたように肩をすくめた。
それから独り言みたいに小さな声で、『ま、どーにかできる自信があんなら、好きにすりゃいーけどよ』とつぶやく。
……べつに、『どーにかできる自信』があるから、引き受けたワケじゃないけど。
でも……紫黒帝は一応、私の叔父さんなんだから……放っとくなんて冷たいこと、できなかったんだもん。
軽くため息をつき、私は何気なく中庭の方へ目をやった。
すると、誰かの腹部辺りが視界をさえぎり、驚いた私は短く声を上げてしまった。
「ちょ――っ!……何だよ、いきなり大声出して? ネズミでも横切ったのか?」
訊ねるイサークに、私は慌てて首を振る。
「うっ、ううんっ? ネズミなんて横切らないよ? 横切らないけど……っ」
この国の神様なら、隣でフワフワ浮いてる……。
――などと言うわけにも行かず。
私はヘララと笑いつつ、適当な言葉でごまかした。
……まったく。
いきなり消えたかと思ったら、また突然現れて。
次からは〝お香〟で知らせてくれるって言ったじゃない!
全ッ然、約束守らないんだから!
内心ムカついて、思い切り白藤をにらんでやった。
それでも彼は、相変わらず少しも堪えた様子はなく。
ただニヤニヤ笑って、私の斜め後ろからついてくる。
(もう! 笑い事じゃないわよ、このお気楽神! 紫黒帝に側室を迎えるよう勧めてくれって、頼まれちゃったんだから!)
……そう。
ついさっき、紫黒帝の側近の人達から頼まれたのが、『紫黒帝に側室を迎えるよう勧めること』だったのだ。
彼らの言うことには、『姪に当たるあなた様のお願いでしたら、帝も受け入れてくださるかも知れませぬ』ってことだったんだけど――。
どーかなぁ?
何せ、いきなり『巫女姫に』なんて言い出して、(一日だけとは言え)監禁しちゃうような人だよ?
そんなメチャクチャな人が〝姪からのお願い〟ってくらいで、ずっと拒否してるってゆー〝側室を迎えること〟を、受け入れてくれたりするのかなぁ?
大いに不安を抱えながら。
私は左にイサーク、右に白藤と、横並びでトボトボ歩いていた。