姫救出の英雄……?
「姫さんっ、無事かッ!?」
表の騒々しさに、何事かと反射的に振り返った私の目に飛び込んできたのは。
なんと、険しい顔でこちらに向かってくるイサークだった。
「えっ、イサーク? どーしたの? よくここがわかったね?」
驚いて駆け寄ると、彼はギリッと私をにらみ、
「『どーしたの?』じゃねーだろッ!! 監禁されてたってーのに、何のほほんとしてんだこのお気楽姫がッ!!」
部屋全体に響き渡るような大声で、思い切り私を怒鳴り付けた。
「ええ~……? 見つけてくれたのは嬉しいけど、いきなりお説教する~?」
こっちだっていろいろと大変だったのに……などと思いつつ言い返すと。
イサークはさらに眉を吊り上げ、
「閉じ込められてスゲー怖い思いしてんだろうと思ったら、あんたがケロッとした顔で駆けてくっからだろーが!……あーっ、マジで心配して損したぜ!」
悔しそうに吐き捨ててから腕を組み、プイッと顔を横に向けた。
「へえ……。心配してくれたんだ? ありがとね、イサーク」
彼の口から、『心配して損した』なんて素直な言葉が出てくるとは思わなかったから。
私も素直にお礼を言うと、彼の顔はたちまち真っ赤になった。
「べっ、べつに心配なんざしてねーよッ! 今のはその――っ、あー……なんだ……? と、とにかく! 俺は心配なんざしてねーからな! 思ってもねーことが、ついポロッと出ちまっただけだ!」
「……ふ~ん……? でも、思ってもいないことなんて、ポロッと言っちゃったりするかな? 普通は思ってることの方が、ポロッと出ちゃうものじゃない?」
「ぐ……っ!」
答えに詰まったのか、イサークは少しの間沈黙した。
だけど、すぐにハッとしたように目を大きく見開き、
「――って、こんなとこで言い合いしてる暇ねーだろーが! 早く逃げねーと追手が来ちまう!――行くぞ!」
そう言って、私の左手をつかんだ。
「えっ? 追手って何?……そー言えばイサーク、どーやってここまで来たの? 外に数人、見張りの人立ってなかった?」
「は!? んなもん、立ってたに決まってんだろーが! あんた監禁されてんだろ? まさか――自覚なかったのか!?」
私の手を引っ張って走り出すと、イサークは顔だけ振り返って訊ねた。
仕方なくついて行きながら、
「自覚はあったよ。あったから驚いてるんじゃない。よく見張りの人が通してくれたね――……ってっ!?」
入り口付近に目をやった私は、ギョッとなって絶句した。
見張りらしき人達が四人ほど、表で大の字になっていたからだ。
大の字と言っても、寝ているわけじゃないらしく――。
どの人も苦しげな顔つきで、胸やお腹辺りを押さえている。
「ちょ……っ! ちょっと何これ!? もしかして、イサークが見張りの人全員やっつけちゃったの!?」
青くなって訊ねると、彼は当然のことのようにうなずいた。
「ったりめーだろ! こいつらやっつけねーとあんたを連れ出せねーし」
「えええっ!? ホントに全員やっつけちゃったの!? イサーク一人で!?」
「だからそーだって言ってんだろ!?――ってか、ゴチャゴチャ言ってねーで逃げることに集中しろよ! 見張り倒れてんのが見つかったら、追手が来ちまうだろーが!」
「追手って。そりゃ来るだろーけど……」
……ってか、どーすんのよこれ!?
ヘタに暴れて大ごとにしたくなかったから、大人しく監禁されてあげてたのに!
こんなことしちゃったら……完ッ全に、国際問題に発展しちゃうじゃないのぉおーーーーーッ!!
心で絶叫してから、私は引っ張るイサークの手に逆らうように立ち止まった。
私の急な反抗に、彼は『ンな――っ?』と言って振り返ると。
「おいっ!? いきなり止まるんじゃねーよ! 追手が来ちまうって言ってんだろ!? 逃げる気ねーのかあんた!?」
「そりゃ逃げたいよ! 逃げたいけど――っ! こんなことしちゃったら、国際問題になっちゃうでしょ!?……って……もうなっちゃってるんだろーけど……」
倒れている見張りの人達を申し訳ない思いで見回しながら、私は大きなため息をついた。
すっかり〝姫を助け出した英雄〟気分でいたらしいイサークは、困惑した顔で私を見つめる。
「はあ!?……じゃああんた、あのままずーっと監禁されてるつもりだったのかよ? こんな勝手なことされて、大人しく従い続けるつもりだったってのか!?」
呆れたように訊ねられ、私はムググと詰まってしまった。
……べつに、ずーっと従い続けるつもりはなかったけど。
折を見て、紫黒帝にはちゃんと抗議するつもりだったし……。
「監禁され続ける気はなかったけど! こんなやり方で逃げ出したらダメでしょ、って言ってるの! 私は一応、お父様の代理ってことでこの国に呼ばれてるんだから、国際問題になっちゃうようなことされたら困るのよ! ザックス王国国王の顔に泥を塗るようなマネはできないの!」
本心は置いといて。
姫の立場としての言葉を伝えると、今度はイサークがムググと詰まり、
「……んなん、今さら言われてもよ……。もう、倒しちまったんだし……」
バツが悪そうにゴニョゴニョ言って、気まずく私から目をそらした。
私は再びため息をつき、もう一度倒れている人達に目をやると、
「……ホント……どーしよー、これ……?」
絶望的な気分でつぶやき、ゆるゆると首を横に振った。