唐突な質問
グレンジャー師匠から、『もう少しここにいて、昔話を聞いてほしい』との申し出を受けた私は。
シリルに事情を説明し、先に上がってもらうと、お師匠様の隣に腰を下ろした。
「お師匠様。お話ってなんですか?」
お師匠様は『フム』とうなずいてから、窓の方へと顔を向けた。
しばらく無言で、ボーッと外を眺める。
「……お師匠様?」
まさか、また眠っちゃったんじゃないでしょうね?
不安になって来た私は、そーっと立ち上がり、反対側へ回り込む。
顔を覗き込もうとしたとたん、お師匠様はくるっと顔を元に戻した。
「今日は天気も良いようだし……どうだね、庭に出てみんかね?」
いきなりそんな提案をされ、一瞬、目をぱちくりしてしまったけど。
気が付くと、私はコクリとうなずいていた。
「はい。えっと……それは、べつに構いませんけど……」
「ふぉあっほっは。では行こうかのぉ。……フムフム。あの木蔭の、長椅子辺りがちょうど良いかのぉ?」
お師匠様はすっくと立ち上がり、ゆっくりながらも、しっかりとした足取りで歩いて行く。
裏庭へと続くドアを開け放って振り返ると、
「どうしたんかね? はよぉ、こちらにお出でなされ」
ニコニコと笑いながら、小さく手招きした。
私はハッと我に返り、慌ててお師匠様の側へと駆け寄った。
……考えてみたら、お師匠様が歩いてるの見たの、今が初めてかも。
剣術の稽古の時は、お師匠様はいつも先に来ていたし、座って居眠りしてるのが常だったし。
稽古終わりは、逆に、私達が先にここを出て、お師匠様は、残って居眠りしたりしてたもんなぁ……。
お師匠様って、見た目ヨボヨボなのに、意外と、足腰はしっかりしてるんだ?
もっと、ヨタヨタって感じの、頼りない歩き方するのかと思ってた。
――なんて、めちゃくちゃ失礼な感想を抱きながら。
私は、お師匠様の後について行き、木陰のベンチに、促されるまま腰を下ろした。
お師匠様は、今度は、空をボーっと眺めながら、
「……さて。何から……どこから話せばよいかのぉ……」
独り言のようにつぶやき、静かに目を閉じた。
十秒……二十秒……三十秒……。
無言のまま、時が過ぎて行く。
周囲には心地良い風が吹き、木々がザワザワと音を立てて……。
日差しの暖かさもあって、今度こそ本当に、心配になって来てしまった。
(お師匠様……。もしかしてまた、居眠りしちゃってたり!?)
じりじりして来て、呼び掛けようとした瞬間。
唐突に、お師匠様から質問を投げかけられた。
「のぉ、姫嬢様よ。おまえさん、あの……カイルとかいう若者のことを、どう思っとるんかね?」
「……ふぇッ!?」
先生からなら、まだともかく。
お師匠様から、そんな質問されるなんて、これっぽっちも予想してなかったから、思わず、変な声が出てしまった。
「え……。あ、あの……ど……どうって……。い、いきなりどーしたんですかお師匠様っ!? お師匠様が、まさかそんな……そんなっ」
ひたすら焦りまくる私とは対照的に。
お師匠様は、どこまでも落ち着いていた。
そして何故か、悲しそうな瞳で、私をじっと見つめると。
「あの若者はなぁ……カイルという少年は、昔のワシにそっくりなんじゃよ。……のぉ、姫嬢様。あんたの返答次第では、あの少年は……カイルはもう、ここへは当分、戻って来んかも知れんのぉ」
……え?
『カイルはもう、ここへは当分、戻って来んかも知れん』……?
……なに、それ?
どーゆーこと……?
お師匠様の言葉に呆然として、しばらくは、何の反応も返せなかった。
『いきなり何を言い出すの?』とか、『どーしてお師匠様が、そんなことを?』とか。
とにかく、疑問が頭の中でぐるぐる回って、ワケがわからなかった。
お師匠様は、小さくため息をつくと、また私から顔をそらせ、空を見上げた。
先生の瞳の色は、どこまでも澄んだ海の色。たとえるなら、アクアマリン。
だけど、その柔らかなブルーに、空の濃いブルーが映って、いつもより、深い色合いを作り出してる。
柔らかく優しい、いつものお師匠様の瞳の色が、青が深くなったせいなのか、とても寂しそうに見えた。
その寂しい瞳で、空の、ずっと遠くを見つめて――……。
ううん、空じゃない。
それよりも、もっとずっと、遠くを見てるみたいだった。
広い――果てしない宇宙に、たった一人でとり残されてしまったような、そんな孤独を……。
何故だかわからないけど、その時のお師匠様に感じたんだ。
私は急に心細くなって、どうしてそんなに寂しそうにしているのか、お師匠様に訊ねてみようと口を開いた。