登場予告はお香で
何者かの襲撃を受けた翌日。
あさげを済ませた後、昨夜のことをつらつらと考えていたら、
「いかがしたのじゃ? 朝から深刻な顔をしておるのぅ?……我がおらぬ間、また泣いておったのじゃあるまいな?」
急に白藤が目の前に現れ、私の顔を覗き込んだ。
考え事をしていたせいか、それほど驚かずに済んだんだけど。
昨日も言っておいたのにとイラッとした私は、
「だからっ! 急に現れないでって言ってるでしょ!?……もぉっ、どーしてわからないかなぁ!?」
思い切り白藤をにらみ付け、怒りを体現するために腕を組んだ。
白藤は眉を八の字にし、いつものごとく、宙をフワフワ漂っている。
「いきなり現れるなと言われてものぅ。いかがすればよいのじゃ? 『今からそちの前に現れるぞ』と申してから、現れたらよいのか?……しかしのぅ。声を掛けたら掛けたで、驚くであろう? 急に現れるのと急に声を掛けるのとでは、それほど差はないと思うのじゃが……」
「うっ。……それは、まあ……そーかもしれない、けど……。でもっ、急に現れたらビックリして、心臓に悪いってのは確かだし! もっとこう、声を掛ける以外に驚かずに済む良い方法が……う~ん……あー……何かないの、何か!?」
「フムン? 何か……のぅ?」
白藤はしばし黙考してから、『おお、そうじゃ!』と両手を打った。
「香じゃ! 香で知らせてから、現れるというのはいかがかのぅ? それならば、そちも驚かずに済むじゃろう?」
「コウ……って、お香のこと? 香りで知らせるの?」
「そうじゃ。香が漂ってきたていどでは、そちも驚かぬじゃろう? 良い案じゃと思うのじゃがのぅ」
「お香、か……。うん、そーだね! それなら驚かずに済みそう!」
「フッフ。……じゃろう?」
白藤は得意げに胸を張り、うんうんとうなずきながら笑みを浮かべた。
「あ、でも……香りってどんな? どんな香りが漂ってきたら、白藤登場の合図と思えばいいの?」
「どのような香りか、じゃと?……フム。そこまでは考えておらんかったのぅ」
そう言うと、白藤は腕を組んで考え込んだ。
そして再び顔を上げ、
「そうじゃ、藤じゃ藤! 藤の香りが漂ってきたら我の登場じゃ!――どうじゃ? 似おうておるじゃろう?」
「藤?……藤、かぁ。藤が好きなんだね、白藤って」
「まあ、そうじゃな。我に合う花は、藤以外に考えられぬしのぅ」
……肯定、なんだ?
すんなり受け入れちゃうくらいだから、よっぽど好きなんだな……。
私は心でうなずきつつ、曖昧な笑みを浮かべた。
「……あ。でも……藤のお香なんてあるの? 私、お香には詳しくないし……あったとしても、嗅ぎ分けられるかな?」
世間には、〝香道〟なんてものもあるらしいけど。
そんな雅な趣味はなかったからな……イマイチ不安だわ。
「フム。嗅ぎ分けのぅ。……問題ないと思うがの。そちはすでに、藤の香を嗅いでおるしな」
「えっ、そーなの?……どこで?」
「藤華の舞を見ておる時、あの場には香が焚かれておったじゃろう。覚えておらぬか?」
「……あ。そー言えば、良い香りが漂ってたっけ。……そっか。あれが藤のお香の匂いなんだ?」
「そうじゃ。あの香は、我のために特別に作られた香らしくての。神結儀が行われる時分には、必ず焚かれるのじゃ」
「へえー。そーなんだ?……白藤のためのお香かぁ……」
神結儀の時には必ず、ってことは……歴史のあるお香なんだなぁ。
まあ……神結儀が、いつから行われてるのかは知らないけど。
……あれ?
でも、そんなに由緒ある(?)お香なら、保管も厳重なんじゃないのかな?
簡単に入手できるとは思えないけど……。
心配になって訊いてみたら、白藤はニヤリと笑い、
「保管場所じゃと? 当然知っておるとも。何せ、我のための香じゃからな。じゃから……我がいつ、どのように使おうとも許されるじゃろう?」
などと言って、また得意げに胸を張った。
「え……。もしかしてそれって、勝手に拝借してきちゃう……ってこと?」
さらに訊ねる私に、白藤は答えることなく、ただニンマリと笑うことで返す。
……まったく。
彼はこの国の神様で、お香ももともと、彼のために作られたものとは言え。
ちょいとくすねてきちゃおう――なんて、呆れた神様だわ……。
じとっとした目で見つめると。
白藤はやはり何も答えず、ただニマニマと笑うばかり。
「神様が盗みだなんて感心できないけど……。でもまあ、仕方ないか。みんなには、白藤見えないんだもんね。お金だけ差し出しても、フワフワ浮いて見えちゃうんだろうし……。そしたら、みんなのこと怖がらせちゃうもんね」
そうやって、ムリヤリ自分を納得させる私を、白藤は愉快そうに眺めている。
なんだかムカついてきて、
「ちょっと! ノンキに笑ってないでくれる?……ホントにもう。私は昨夜殺されかけたってゆーのに、白藤ときたら……」
ついポロッと、夜中襲われたことを口にしてしまったら。
白藤の顔色がサッと変わって、
「殺されかけたじゃと!? どういうことじゃそれはっ?」
私の両肩を強くつかみ、怖いくらい真剣な顔で迫ってきた。