侵入者は子供?
月明かりにぼんやりと照らされた部屋の中。
再び眠ることもできず、私は床の上に座り込んだままぼうっとしていた。
ほんの数分前に見た光景が、今でも信じられなくて。
何かの間違いか、夢でも見ていたんじゃないかと、繰り返し繰り返し考えてみる。
でも……夢じゃない。
まだ少し痛みの残る首が――悲しいけれど、そのことを証明していた。
じゃあ……私を襲った、あの子供は誰だろう?
逆光で顔はハッキリしなかったものの、輪郭は萌黄ちゃんに似ていた。
似ていたけど、それだけで決めつけるわけには行かないよね。
だって、やっぱり……顔は見ていないんだから。
決定的な証拠でもなければ、あの子が萌黄ちゃんだとはどうしても思えない。
……ううん。思いたくない。
それに……萌黄ちゃんには双子の姉、千草ちゃんがいる。
萌黄ちゃんを疑うなら、自動的に、千草ちゃんも疑わなければいけなくなる。
もちろん、萌黄ちゃんに似ているだけの赤の他人――って可能性もなくはないけど。
犯人が誰にせよ。
決定的と言っていいのは、今のところ、子供だったってことだけかもしれない。
……あ。でも……。
子供くらいの背丈の大人ってことも、考えられなくはない……のかな?
「う~ん……ダメだ。考えれば考えるほど、こんがらがってく気がする」
もともと頭脳労働には向いていない。私は早々に音を上げた。
先生だったら、もっと簡単に犯人を探し出してくれたのかもしれないけど。
残念ながら、彼はここにはいないし……。
そう言えば、先生もイサークも、今頃どうしてるだろう?
私がこんな目に遭ってること(襲われたことじゃなくて、監禁されてることの方)に、まだ気付いてないんだろうか?
……まあ、気付いていたとしても、どうもしようもないよね。
たった二人だけで、蘇芳国に宣戦布告なんてできやしないだろうし(されても困るし。国際問題になんてされてしまったら、ますますややこしいことになるもの)
とにかく、今は自分だけで頑張るしかないんだから。
頭脳労働が苦手だろうとも、もうちょっとだけ考えてみよう。
とりあえず……そうだと思いたくはないけど、私を襲った犯人が萌黄ちゃんだとして。
どうやってここに忍び込んだんだろう?
表には、見張りの役人さん達が何人かはいるはずなのに……。
あんなに小さな女の子が、たった一人で。
大人の男性数人相手に、いったい何ができるんだろう?
普通に考えれば、見張りの中に協力者がいた……ってことなんだろうけど。
行きは協力者の力を借りて忍び込んだってことだったとしても、帰りは?
帰り。
彼女は一瞬にして消えた。
私の目の前から、こつ然と消えたんだ。
さすがにあれは……普通の人間にできることじゃない。
白藤の能力。刹那移りと同じような能力を、彼女も持っているとしか思えない。
……彼女は、超能力者なんだろうか?
私の首を絞め上げた力も、とても子どものものとは思えなかったし……。
でも、だとしたら。
彼女が心酔する藤華さんよりも、そして私よりも、遥かに優れた能力を持ってる、ってことになる。
白藤が見えるってだけで、あそこまで大騒ぎしたんだから。
萌黄ちゃんの能力が、もしも紫黒帝に知られてしまったら……。
今度は彼女が、『巫女姫に』って騒ぎ立てられることになるの?
「あり得る……ってゆーか、きっとそうなっちゃうんだろうけど。でも……あれはホントに萌黄ちゃんだったのかな?」
まだ少し痛む首元に、そっと片手を当てる。
締め上げてくる手から逃れようと必死になっていた時は、相手が大人だとか子供だとか、考える余裕もなかったんだけど。
改めて思い返してみると……。
確かに、私の首を締め上げていたあの手は、子供の手だった。
私より小さくて柔らかな、子供の手だった。
でも……。
やっぱり、まだ信じられない。
あの手が、あの力が、萌黄ちゃんのものだなんて。
私を殺そうとしたのが……あの可愛らしい、萌黄ちゃんだなんて。
いくら私が、藤華さんの敵だとしても。
殺そうとするところまで思い詰めるなんて……どうしても思えないんだ。
……何か。
何かカラクリがある気がする。
私なんかじゃ思いつかない、何か大きなカラクリが。
とてつもなく大きなカラクリが……裏に潜んでる気がするの。
「そのカラクリが何なのかは……これっぽっちも思いつかないけど、ね……」
薄暗闇でつぶやいて、私はゆっくりと立ち上がった。
今が何時かはわからないけど。
たぶん、夜明けまではまだ遠いはず。
とても眠れる気がしないけど……ムリヤリにでも眠らなきゃ。
ゆっくり眠って、気持ちを整理して……犯人探しは、また起きてからにしよう。
すのこ風ベッドまでヨロヨロと歩いて行き、再びその上に横になると。
なるべく『難しいことは考えないようにしよう』と心に決め、私は静かにまぶたを閉じた。