暗闇の夜
ゆうげを済ませた後。
特にすることもなかったので、私は早々に眠ることにした。
新しく用意されたすのこベッド風寝具の上に、ゆるゆると体を横たえる。
眠りに就くまでの私は、『夕食を持ってきてくれたのは萌黄ちゃんじゃなかった』ことにショックを受け、グジグジと落ち込んでいた。
まあ、聞こえてきた声が彼女のものじゃなかった時点で、担当が変わったことは、即座に察せられたわけだけれど。
……萌黄ちゃん、どうしちゃったのかな?
私のお世話係、外されちゃったのかな?
だとしたら、それは彼女から申し出たことなんだろうか?
それとも紫黒帝が、彼女以外の者に行かせろって命じたとか……?
紫黒帝の命令であってほしいけど。
萌黄ちゃんが辞退したってことであっても、不思議じゃないんだよなぁ。
……だって。
萌黄ちゃんからしたら、私は〝藤華様の座を奪おうとしている(私の意志じゃないけど)嫌な人〟ってことになっちゃうんだと思うし。
藤華さんに心酔してる萌黄ちゃんにとっては、どう考えても私は敵……だもんね。
ああ、それから……〝藤華様お気に入りの翡翠に近付こうとする邪魔な奴〟ってことにもなっちゃうのか……。
……そっか。
そーだよね……。
藤華さんとカイルが恋仲に――なんて、最初はまずないだろうと思ってたけど。
二人が抱き合ってるところを目撃しちゃった今は……もう、そうとしか思えなくなってるし。
萌黄ちゃんはきっと、二人のああいう場面を、何度も目にしちゃってたのかもしれないな。
だから最初っから、私を〝藤華様の敵〟だと思って、警戒してたんだ……。
だったら今は、私の担当外れてホッとしてるのかな?
やっかいな仕事から解放されて、せいせいしてるのかも……。
つらつらと気が滅入るようなことばかり考えていたら、いつの間にか涙がにじんできて。
私はギュッと目をつむり、大きく首を横に振った。
ダメダメ!
マイナスの方にばっかり、気持ちを傾かせちゃ!
みんな、ただの憶測じゃない。
私が勝手に想像してるだけで、真実だって確定したわけじゃないんだから。
……そーよ。
直接本人の口から告げられたのなら、まだともかく。
萌黄ちゃんも藤華さんも……そしてカイルも。
本心がどこにあるかなんて、まだハッキリしたわけじゃないもの。
一人で悪い方に考えて、一人で落ち込むのはもうやめよう!
みんなの気持ちを直接聞くまでは、ほんの僅かな希望だって捨てちゃダメだ!
……まあ……私の憶測が当たっちゃってた場合。
その真実を受け止めるだけの覚悟だけは、しとかなくちゃとは思うけど……。
「……ハァ。ダメだ。やっぱりマイナス思考になっちゃう」
薄暗い部屋の中。
思わず、心の声を漏らしてしまった。
誰もいないんだから、べつに何言ったって構わないんだけど(……たぶん。白藤には『これからは勝手に消えないで! 側にいる時はちゃんと言って!』とお願いしておいたから、今はいないはずだし)
これ以上考えるのは危険な気がして。
私はムリヤリにでも眠ってしまおうと、キツくまぶたを閉じた。
軽い物音が聞こえた気がして、私は嫌々ながらゆっくりと目を開けた。
どうやら、いつの間にか熟睡していたらしい。
眠れぬ夜を過ごさずに済んでホッとしながら、暗い天井を見つめる。
眠ろうと頑張っていた時は、月夜のせいか、周囲はほんのり明るかったけれど。
今は月が隠れているのか、怖いくらい真っ暗だ。
「白藤。いるの?」
物音は彼のせいかと思い、暗闇に向かって声を掛けてみる。
……返事はなかった。
気のせいだったのかなと、再び眠るために目を閉じたとたん。
すぐ側で誰かの気配がし、私はハッとして目を見開いた。
……いる。
誰かがいる。
微かな息遣いと衣擦れのような音で、それがわかる。
恐怖で体が硬直するのを感じたけど、勇気を振り絞って暗闇に声を掛けた。
「誰? そこに誰かいるの?」
一、二、三……。
心でだいたいの秒数を計ってみたけど、返事はない。
なのにピタリと、息遣いと衣擦れの音が止まった。
「……誰? 誰なの?……私に何か用?」
相手を刺激しないよう、できるだけ穏やかに話し掛けてみる。
それでも返事はなかった。
私はゴクリとつばを飲み、次の出方を探っていた。
――すると。
「う――っ!」
突然、誰かに首を絞められた。
私はとっさにその誰かの両手首をつかみ、引きはがそうと必死に抗う。
「グ……ッ、……うぅ――っ」
苦しくて、うまく力が入らない。
容赦なく絞めてくる誰かの手首を、それでも全神経を両手に集中させ、やっとのことで引きはがす。
それから素早く体をひねって、這うようにして床に逃れた。
その誰かは、私の居場所を見失ったのか、すぐには襲ってこなかった。
だけど、私がゲホゲホと咳き込んだせいで、逃れた位置がバレてしまったのだろう。再び動き出す気配がした。
(ダメ! 来ないで!)
咳き込みながら心で叫んだ瞬間。
月が厚い雲から顔を出し、誰かの輪郭がクッキリと浮かび上がった。
(えっ!?……嘘……)
逆光で、顔まではわからなかったけれど。
その誰かが、子供であることはわかった。
その子供は、私が喉元を押さえて呆然としている間にかき消え――。
残された私は、信じられない気持ちでつぶやいた。
「萌黄……ちゃん?」