神の名は。
「ほれ。表じゃ」
目をつむってから声が聞こえるまで、およそ二秒。
……いや。もしかしたら一秒?
ううん。一秒すら掛かってなかったかも知れない。
「ええっ、もう!?」
パチっと目を開き、神様に抱きついたまま辺りを見回す。
――確かに。
見るからに室内じゃない、どこかの庭? っぽいところに、私達は立っていた。
はえ~……。
瞬間移動――じゃなかった。刹那移りとはよく言ったものよねぇ。
本当に一瞬にして、表に出られちゃうなんて。
「すごいね神様! これならいつでも好きな時に、行きたいところに行けるね!」
思わず瞳キラッキラで見上げると、神様は呆れたように苦笑いして。
「これこれ。もしや我を、〝好きなように使える道具〟とでも、思うておるのじゃあるまいな? 我にも我の用向きというものがある。いついかなる時も、そちの呼び出しに応じられるわけではないぞ?」
「う――っ。……わ、わかってるってば! べつに神様のこと、好きなように使えるとかって、思ってたわけじゃない……もん……」
――とは言いつつも。
チラッと脳裏をよぎったことは否定できないので、なんとなく視線をそらしてしまう。
「フム。……まあよい。紅華もそのようなところがあったしの。やはり、血は争えぬというものじゃな」
「へ? そのようなところ……って? お母様と私、そんなに似てるの?」
神様はふと遠くを見やり、懐かしむように目を細めてフッと笑った。
「そうじゃな。中身はよく似ておるところもあれば、そうでないところもある……といったところかの。見た目は思うたほど似ておらぬが。……いや。じゃがまあ、まったく似ておらぬわけでもないがのぅ」
「はぁあ? 何それ?……結局、似てると言えば似てる……と言えなくもないけど、全体的に見ればあまり似てない……とか、そんな感じ?」
……ん?
自分で言ってて、よくわかんなくなっちゃった。
雪緋さんは以前、『大変よく似ていらっしゃいます』って言ってくれたけど……。
あ。でも、『瓜二つとまでは申せませんが』とも言ってたっけ。
う~ん……?
結局、どっちなんだろ?
見る人によって違う……って感じなのかな?
雪緋さんみたいにお母様に思い入れのある人には、どちらかというと『とても似ている』部類に入って。
そこまで思い入れのない人とか、親しくなかった人には、『それほど似ていない』と感じられる……とか?
考えれば考えるほど、わからなくなってきて。
思いっきり眉間にシワを寄せてしまっていた私の頭に、神様が片手をのせ、軽くポンポンと叩いた。
「まあ、よいではないか。紅華に似ていようが似ていまいが、そちはそちじゃ。母のことなど気にせず、好きに生きればよかろう。――紅華が存命であったなら、そのように申したと思うぞ」
「……神様……」
……うん。
そっか。そーだよね。
お母様が、どんなにすごい能力の持ち主だったとしても。
願ったところで、直接知ることはできないんだから、考えるだけムダだし。
私がお母様に似てなかったとしても。
お母様ほどの能力を持ってなかったとしても。
それは私のせいではないんだから。
似ればよかったのかって言うと、そうでもない気もするしね……。
「うん! わかったよ神様。私は私で、お母様にはなれないもんね。だから、自分の思うように生きることにする!」
神様の言葉で吹っ切れた気がして、笑顔で宣言すると。
釣られたように微笑んだ後、すぐに眉を八の字にし、
「ところでのぅ。我にも名というものがあっての? いつまでも『神様』呼ばわりされとるのは、あまり気分の良いものではないのじゃが……。そろそろ、名で呼んではもらえぬかのぅ?」
らしくない情けない声で、彼はそう訴えてきた。
「えっ、そーなの? 名前あったんだ?……まあ、誰だって名前はあるか……。で? なんて名前なの?」
「白藤。――白藤じゃ」
「しらふじ……。ああ、白い藤の白藤ね! なーんだ。ピッタリで素敵な名前じゃない。神様って呼ばれるのが嫌だったなら、もっと早くに本名教えてくれればよかったのに」
「……ムゥ。そうは言うてものぅ。名乗る暇なぞなかったと思うのじゃが……」
「ん? そう? そーかな? 話の合間に、いくらでもあったと思うけど」
……うん。
でもまあ、白藤なんて名前だと、ますます〝藤の精〟っぽく思えちゃうわよね。
話し方も古風ってゆーか……う~ん……おじいちゃんみたいだし。
…………ん?
おじいちゃん……?
ああ、そっか!
最初はお母様の話し方と似てるなーって思ってたけど。
グレンジャー師匠とも似てるんだわ!
見た目が若い男性だから、今までごまかされて(?)たけど……。
そっかそっか。
お師匠様にも似てるから、なんとなく親しみ感じちゃってたのかも。
考えてみればこの神様――じゃない。白藤も、年齢は相当上なんだろうし。
中身はおじいちゃん……って言ってもいいのかもしれないよね!
「ねえ神――っ、あ、えっと、白藤! 白藤って、今だいたい幾つくら――」
「ウン?……おやおや。これはちと、愉快なことになりそうじゃな」
「――え?」
(『愉快なこと』? いきなり何言って――……)
白藤の言葉に引っ掛かり、彼の視線の先を追うと。
藤華さんと、少し後ろをゆっくりと歩いてくる、カイルの姿が目に入った。