囚われの姫
「もーーーっ! なんでこーなるのよぉおおおーーーっ!?」
元いた風鳥殿とは別の、どこかわからない殿舎に閉じ込められてしまった私は。
部屋の中央に置かれた二畳分ほどの畳の上で、『おもちゃ買って』と駄々をこねる幼児のように寝っ転がり、手足をバタバタさせて叫んだ。
……まったく、冗談じゃない。
こんなことが許されてなるもんですか!
これでも一応、ザックス王国の姫なんですからね!?
招待されて、遠路はるばるこの国にやって来たってだけの、ただの異国の姫なんですからーーーっ!
招待国の大事な客であるこの私に、こんな手荒なことしてダイジョーブだと思ってるの!?
ダイジョーブなワケないじゃないッ!!
完ッ――全に国際問題に発展しちゃうヤツでしょこれ!?
このまま放っといて、もしザックス王国まで〝姫監禁〟の事実が伝わっちゃったら、戦争にだってなりかねないんじゃないの!?
……万が一、そんなことになりでもしたら……。
ザックス王国の人達も、蘇芳国の人達も、どっちも不幸になっちゃうよ!
ダメ!!
ぜーーーったいダメッ!!
戦争になって良い思いするのなんて、武器商人や一部の権力者達だけだーって、前に何かで読んだか、誰かが言ってたのを聞いたかしたし!
一国の姫として一番大事なのは、国民の皆さんの平和な生活を守ることだもの!
……たぶん、そーなんだから!
ううん。絶対絶対ぜーーーったい、そーなんだから!!
戦争になだれ込むような事態だけは、何が何でも阻止しなきゃ!
「そう! 戦争ダメ、絶対ッ!!」
私はキッパリ断言し、ムクリと半身を起こして、胸の前で両拳を握り締めた。
「……でも、今の私に……いったい何ができるんだろ?」
そう考えたら、とたんに無力感が襲ってきて。
私は塩をかけられた青菜のように水分(気力体力)を奪われて、再びダラ~っと横になった。
……あ。
そー言えば、先生やイサークは、今どんな状態なんだろう?
私みたいに、どこかに監禁されちゃってるのかな?
それとも、このことはまったく伝えられず、いつものように過ごしてるのかな?
まあ、知らされてないなら知らされてないで、その方が彼らにとっては平和なのかも知れないけど(先生はこの国の散策さえ続けられれば、それで満足なんだろうしね……)
でもなぁ。
紫黒帝が本気で私を巫女姫にしようとしてるんなら、いつかは彼らにだって伝わっちゃうんだろうし。
今はまだ知らされてないにしても、〝束の間の平和〟ってヤツに過ぎないのか。
根本的な解決には繋がらないよなぁ……。
あーっ、もう!
ホントにどーしたらいーんだろ……?
両腕で両目を覆い隠すようにしながら、私は大きなため息をついた。
室内には今、私一人きりだけど。
表には、見張り役の人を数人立たせているという。
ここに連れてこられる前。
さすがにムチャが過ぎるだの、異国の姫を監禁だなんて従えるはずもない――などと、周りの役人さん達の猛抗議を受けていた紫黒帝だったんだけど。
それでも彼はひるむことなく、忠実な役人さん数人に命じて、私をここまで連れてこさせた。
ここ――がどこだかはわからない。
わかっているのは、ほんの少しのことだけ。
ここが風鳥殿より少しだけ狭いということと、さっきも言ったけど、表に見張り役の人が数人いるってこと。
そしてここが、他の殿舎からはかなり離れた場所に建てられている、ということだけだ。
他の殿舎は、それぞれが渡り廊下でつながっているんだけど。
連れてこられる時に確認した感じでは、ここはどの殿舎ともつながっていなかった。
一棟だけポツンと離れた場所にある、独立した建物だった。
例えて言うなら。
繋がったそれぞれの殿舎が母屋で、ここは離れ。
仲間外れにされている建物……って感じで、精神的な居心地はあまり良くないかな。
……それにしても。
まさか紫黒帝が、こんなメチャクチャなことをするなんて。
ちょこっとワガママな雰囲気はあったけど、それを除けば良い人だと思ってたのに。
お母様のことだって慕ってくれてたみたいだし、娘の私にも最初はすっごく優しかったし。
なのにどうして、いきなりこんなことを……?
そりゃあ、お父様のことは恨んでたみたいだったから。
娘の私を囚えて、強引にでもこの国の巫女姫にすることで、復讐っぽいことをしようとしてるのかも……なんてことも、考えられなくはないけど。
でもなぁ……。
一国の主――帝ともあろう人が、そんな子供じみたことするかな?
まだ十代ってことだったら、若気の至りで済まされるけど(――いや。実際は済まされることじゃないんだけどね?)
紫黒帝の実年齢はいまだに知らないものの。
仮に、お母様がこの国を出た時に四歳くらいだったとしても、二十歳は超えてるでしょ。もう立派な大人よね?
う~ん……。
やっぱりどう考えても、〝他国の姫を監禁〟なんて、立派な大人のすることじゃないよなぁ?
……ダメだ。
紫黒帝って人が、よくわからなくなってきた……。
私を巫女姫に――なんて、無謀としか思えないようなこと。
ホントに本気で、考えてたりするんだろうか……?
薄暗い天井をボーッと眺めながら。
私はどうしても、私を巫女姫に据えようとすることのメリットが、紫黒帝にあるとは思えなくて。『もしかしたら、彼の意図は別のところにあるんじゃないか?』という可能性について、延々と考え続けていた。