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剣術指南のグレンジャー師匠

 先生に勧められ、慌てて稽古着に着替えた私達が、闘技場に着くと。

 私の剣の先生はすでに来ていて、所定の場所に鎮座(ちんざ)していた。


 所定の場所というのは、競技場の端っこのこと。

 彼はいつもそこに座って、私達が剣(もちろん、稽古用の剣。模造刀ならぬ、模造剣ってやつだ)を交えるのを見ながら、アドバイスしたりしてくれるわけだけど。


 さっすが。

 急な話だったにもかかわらず、もう着いてるなんて驚きだ。

 セバスチャンが、剣の先生に都合を聞きに行き、了解の返事をもらって来てくれてから、すっごく急いで準備して来たのに。


 う~ん、負けた。

 七十はとっくに超えてそうなお年寄りとは、とても思えない。



 私はひたすら感心しながら、急なお願いに応じてくれた剣の先生に、お礼を言いに行った。


 彼はうんうんとうなずいた後、『今日も、適当にやっていてくれんかのぉ』と告げた。

 これは毎度のことなので、慣れっこになっていた私は、『はい』と返事して、剣を構えてシリルと向き合う。

 一礼して(こういうところは剣道と一緒だ)、どちらかが剣を落とすか、相手に一撃を加えるまでやり合うのが、いつもの流れなんだけど……。


 この間、私に軽い怪我を負わせてしまったという、負い目があるからなのか。

 シリルの剣筋は、いつもと比べると全然キレがなかった。



 ……まったく、シリルったら。

 ただでさえ、手合わせの時は、メチャクチャ手を抜いてくれてるんだろうに。


 ますますこれじゃあ……。

 悪いけど、思いっきり体を動かすことなんて、出来そうにないなぁ。



 しばらくやり合った後、私はシリルに休憩を告げ、一人で剣の先生の元へ向かった。


「お師匠様ー。シリルったら、この前の件で、私と手合わせするのが怖くなっちゃってるみたいなんですけど。どーしたらいいですかねー?」



 『お師匠様』とは。

 もちろん、この――眠ることが何より好きなお爺さん、マックスウェル・グレンジャー先生のこと。


 ほら。オルブライト先生も、『先生』って呼んでるじゃない?

 グレンジャー先生も『先生』だと、ややこしいなと思って。


 区別付けるために、『師匠』って呼ばせてもらうことにしたんだよね。

 いつの間にか、自然と『お師匠様』って呼ぶようになってたけど。


 だってこの人は。

 この世界でただ一人、私が『一目見ただけで、だいたいのことは、すぐにこなせる人間』だってことを、見抜いてみせた人なんだもの。


 ……普段は、居眠りばっかりしてるけど。

 ホントは、ものすごい人なんじゃないかって気がするから。

 ただの『師匠』じゃあ、失礼な気がしたんだ。


 それに、似合ってると思うんだよね。

 白髪ロングの髪型に、長い口ひげ――っていう見た目からして、『お師匠様』って感じだし。



 ――あー……っと。

 でもまあ、そのことはひとまず置いといて。



 私は、かろうじて目を開けてはいるけど、眠る準備万端――って感じに、体をゆらゆらさせているお師匠様の前に立ち、シリルのことを相談してみた。


 お師匠様は、眠たそうな目を私に向け、数回パチパチと瞬きすると。


「ほぉう……? シリルが……………………ふむ? なんじゃったかのぉ?」


 すっとぼけた返事に、思わず『おいっ』とツッコミたくなる。

 でも、そんな気持ちをどうにか堪えて、


「え~っと……ですからぁ~……。この前、私にちょこっと怪我させちゃったせいか、シリルがすっかり萎縮しちゃってて、稽古にならないんですよ。どーしたらいいんでしょうね?」


 苦笑いしながら、もう一度説明する。

 ようやく理解してくれたのか、お師匠様はフムフムとうなずいて、ニコリと笑った。


「そりゃあ、いかんのぉ。あの子はおまえさんを、女神や聖女のごとく(あが)めておるからのぉ。女神さんにえらいことしてしもうた、また傷付けてしもうたら、どうすればええんじゃ~っちゅうて、怯えとるんじゃろうて」


「め――っ!……女神や聖女って……。いくらなんでも、大袈裟過ぎますよ」



 シリルはただ、仕えている相手に怪我させたら大変――って思ってるのと。

 どーしても、女性相手に本気は出せない……って、それだけだと思うけど。



「そうかのぉ?……けんどまあ、あの子の性格じゃあのぅ。『気にせず向かって行け』っちゅうても、すぐには気持ちを切り替えられんじゃろうて。……フム。そうじゃのぉ……仕方ないのぉ。今日の稽古はここらで切り上げて、シリルにはちょいと……上がってもらおうかのぉ」


「……は? 上がってって……稽古を切り上げるんですか?……え……っと……。じゃあ、私もこれで終わりってことですか?」



 せっかく、先生が気を遣って、講義をなしにしてくれたのに。

 ほとんど体動かさないうちに終わっちゃうなんて……先生の好意が、無駄になっちゃうよ。



 先生に申し訳ないという気持ちもあったし。

 思い切り体を動かして、一時でもいいから、カイルのことを考えずにいたい……って、私自身、願ってたこともあって。

 お師匠様の言葉に、即座にうなずくことが出来なかった。


 すると、お師匠様は、ゆるゆると首を横に振り、


「いんや。おまえさんには、もう少しここにいて、爺の昔話を聞いてもらいたいと思うておるんじゃが……迷惑かのぉ?」


 なんて、意外なことを言い出した。



 お師匠様の昔話?

 話を聞いてもらいたい、なんて……。

 お師匠様がこんなこと言い出すの、初めてだな……。



 私は戸惑いを覚えながらも、この申し出を受け入れることにした。

 どんな話なのかは不明だけど。

 稽古の間、大半は眠ってるだけのお爺さん先生が、どんな昔を語るというのか――すごく興味があったから。

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