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巫女姫の涙

 藤華さんは紫黒帝の前に立つと、思い詰めたような表情で彼をまっすぐ見つめた。

 その表情から何かを感じ取ったのか、紫黒帝は一歩足を引き、


「い……っ、いかがしたのだ藤華? そのような暗い顔をして、体調がすぐれぬのか?」


 心配そうにまじまじ見つめて訊ねる。

 藤華さんはますます悲しげな顔をしてみせた後、落胆した様子で下を向いた。


「『体調がすぐれぬのか』などと……。おたわむれが過ぎますわ。わたくしの顔色が悪く見えるとするならば、それは帝のせいではございませんか」


「なっ、なに? 朕のせいだと申すのか?」


「当たり前です。先ほどご自身がおっしゃったこと、もうお忘れになられましたの?」


「う……うむ? 朕が何を申したと?」


「まあ……! しらを切るおつもりですの?」


 本当にわからないのか、首を傾げる紫黒帝を前に、藤華さんは呆れたような声を上げた。

 それから、手にしていた細長いうちわのようなもの(この国の貴族の女性が、自分の顔を隠したりする時に使うもの)を、さりげなく顔の前にかざす。


「先ほど帝はおっしゃったではございませんか。『本日より巫女姫は藤華にあらず。そこにおるリナリアであるぞ』と。まるで宣言なさるように、高らかにおっしゃいましたわよね?」


「うん?……う、うむ、まあ……申したが?」


「それではわたくしは、本日、巫女姫の任を解かれたましたの? わたくしはこの国にとって必要のない人間だと……帝はそうお思いですのね?」


「ぬ――っ、……ん? ひ、必要ないなどと、そこまでは申しておらぬ。朕は、藤華より能力の強いリナリアの方が、より巫女姫としてふさわしいと――」


「同じですわ! 帝が、わたくしよりリナリア姫殿下こそ巫女姫にふさわしい――そう思われたのでしたら、わたくしは、御所から出て行かなくてはなりません。リナリア姫殿下にお務めをすべて引き継いだのち、こちらを去らなくてはいけませんのよ? こちらにいられないのなら……わたくしはもう、必要とされていないのと同じではございませんか!」


 いつの間にか、藤華さんの目には涙が浮かんでいた。

 辛そうに眉根を寄せ、唇を引き結んで。

 それでも涙をこぼすまいと、必死に耐えているように見えた。


 紫黒帝からは、藤華さんのうちわのようなものでさえぎられていて、涙までは見えなかっただろうけど。

 声の調子から、泣きそうであることには気付いていたはずだ。

 ひたすら焦って、オロオロしているようだった。


「わたくしは、幼い頃に紅華様より見出され、お務めを引き継いだのちは、ただひたすらに、巫女姫としての責務を果たしてまいりました。……能力が弱いことは、わたくしが一番よくわかっておりますけれど……。それでも、皆に安心してもらえるような巫女姫にならねばと。紅華様に少しでも近付けるように日々精進し、わたくしなりに努めていたつもりでした。そんなわたくしを、帝もお認めくださっていると思っておりましたのに……。それなのに、もう用済みだとおっしゃいますのね? わたくしに御所から去れと――そのようにおっしゃいますのね?」


「申しておらぬ! そのようには申してはおらぬのだ! 朕はただ――っ」


「御所を追われてしまったら、わたくしにはもう、どこにも行き場などございませんのよッ!?」


 前かがみになり、楕円形のうちわの柄をギュッと握って。

 藤華さんは体中から絞り出すかのように、胸の内を吐き出した。


 とたん。

 彼女のまぶたから、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。


 紫黒帝は、しばしの沈黙の後、


「ち、違うのだ藤華。朕は――」


 そう言って、彼女の肩に手を伸ばそうとした。


 だけど、肩に触れるほんの少し前に。

 藤華さんはくるりと後ろを向き、うちわで顔を隠すようにして、陽景殿の外へと駆け出した。


「藤華っ!――待つのだ藤華!」


 紫黒帝も慌てて呼び止めようとしたけど、彼女が止まることはなく……。

 お付きの女官さん達(なんと、私を置いて萌黄ちゃんまで!)も、大慌てで後を追って行ってしまった。


「……藤華」


 ポツリとつぶやいた紫黒帝の顔は。

 一瞬、彼の方が傷付けられたのかと錯覚しそうになるほど、情けなくゆがんでいた。


「帝? どーして帝が……」


 急にとんでもないことを言い出して、藤華さんを傷付けて泣かせてしまったのは、間違いなく紫黒帝の方なのに。

 そこで被害者ぶるのはズルいんじゃないかなぁ……なんて、思わず考えてしまっていたら。


 紫黒帝は、みるみるうちに厳しい顔つきになり、


「とりあえず、藤華のことは放っておくがよい! それよりも今は――」


 そこで言葉を切り、私をギリッとにらみ据えた。


 いったい、今度は何を言うつもりだろう?

 身構える私に向かい、


「リナリアだ! まずはリナリアを取り押さえよ! 次の神結儀が執り行われる日が決まるまで、逃げられぬように見張りを数人つけ、風鳥殿ではない、門から一番遠い殿舎に監禁するのだ!」


 またしても、とんでもないことを言い出して。

 私を心底呆れさせ、体と思考を数秒フリーズさせた。

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