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怒れる帝と悩める姫

 紫黒帝の爆弾発言に驚かなかった者は、誰一人としていなかった。


 ……あ。違った。

 一人(?)だけいた。


 白と紫の存在――つまり神だ。



 彼は、驚きすぎてとっさに声も出せずにいた私達を、ぐるりと見回して。


「ククッ。よいぞよいぞ。またしても愉快なことになってきたではないか。巫女姫が藤華からリナリアとやらに変わるということは……。クッフ。紅華の娘が神結儀を行うことになるのじゃな? それはちぃとこそばゆい気もするが……。まあ、この国の長――帝とやらが申すのじゃからの。他の者に、どうこうできるものではないじゃろう。ないじゃろうが……。クック。もしも紅華が生きておったら、娘が我と婚姻を結ぶなどと聞いたとたん、怒り狂ったじゃろうな。クックク。愉快愉快」


 本当に楽しそうにケラケラ笑い、ふ~わふ~わと空中に浮かんでいた(そう。この神、宙に浮けるみたいなのよね。……でもそう言えば、うちの国の神様もずっと浮かんでたっけ)



 呆然と突っ立っていることしかできずにいた私は。

 あまりにも脳天気な神の発言を耳にし、ようやく我に返った。


 神にも一言言ってやりたかったけど。

 緊急性から考えればまずはこっちだと、紫黒帝の方を向く。


「ちょっ、な――っ!……い、いきなり何をおっしゃってるんですか帝っ!? どーして私が、この国の巫女姫にならなきゃいけないんです!? 私、これでもザックス王国の王位継承順位第一位――っ、のはずですよ? 自分の国放って置いて、他国の巫女姫になんてなれるわけないじゃないですかっ!」



 紫黒帝の発言がぶっ飛びすぎてて。

 こっちも頭真っ白になって、しばらく混乱しちゃってたけど……。


 落ち着いて考えてみても、彼の言ってることはメチャクチャだ。

 こんな、とても正気とは思えないようなこと、蘇芳国の人達だって納得してくれるはずがない。


 なのに紫黒帝は、どこまでも涼しい顔で。


「なにゆえに、リナリアが巫女姫にならねばならぬかだと?――フン。そんなもの決まっておろう? リナリアが、藤華以上に優れた能力の持ち主だからよ。生前、姉上もよくおっしゃっていた。『藤華の能力では、この国を担うことは難しいやもしれぬ。じゃが、今のところ藤華以上の者も現れてはおらぬでな。心苦しいことこの上ないのじゃが、藤華の能力を超える者が現れるまでは、堪えてもらうしかないのじゃ』とな。そして今、藤華以上の能力を持つ者が現れたのだ! しかも姉上の娘ぞ! これ以上、巫女姫にふさわしい者もおらぬだろうが!」


「……って、えええっ!? ちょ――っ、だからちょっと待ってくださいってば! さっきも言いましたけど、私はザックス王国第一王女で、王位継承順位第一位ですよ? 将来は、国を継がなきゃいけない身なんです。いくら私がお母様の――前巫女姫だった人の娘だからって言っても、そんな重要なこと勝手に決められちゃ困ります!」


 このまま何も言わずにいたら、どんどん話を進められそうで怖かったから。

 私は紫黒帝の主張に、たった一人で立ち向かわなければならなかった。


「勝手だと? 何を申すか、この無礼者! 朕から、この国から姉上を奪い、勝手放題好き放題しおったのは、そちの父であるクロヴィスではないか!……いきなり姉上を奪われ、朕が――この国の者達がどれだけ悲しんだか。強力な巫女姫であらせられた姉上が国からいなくなり、どれだけ憂えたかなど、そちは露ほども知らぬまいがな! 強国の威光をふりかざし、先に身勝手な振る舞いをしおったのはそちの父ぞ!?」


「――っ!」


 紫黒帝から放たれた鋭い眼光、そして憎しみのこもった言葉は、私の心を凍りつかせた。

 お父様に対する彼の恨みは、笑い飛ばせないほど根深いものだったとわかり、胸にツキンと痛みが走る。



 私が一瞬ひるんだことで、『正義は我にあり』とでも思ったのか。

 紫黒帝は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「これで理解したであろう、リナリア? 憎きクロヴィスの娘が今さら正論を吐いたところで、朕には露ほども響かぬとな!」


 言い返す言葉すら見つけられず、私は唇を噛んでうつむく。



 お父様はただ、この国の巫女姫であるお母様を好きになっただけ。

 そしてお母様も、お父様を好きになっただけ。

 それが罪だとは、私にはどうしても思えない。


 だけど……。

 お母様を本当の姉のように慕っていた帝は、そのことで傷付いたんだ。


 二人が幾つ離れていたかは知らないけど。

 お母様がお父様と結ばれたのは十五の時だって、前にギルから聞いた。

 私を生んだのは十六の頃だったそうだから、つまり……お母様が生きていたら、今年で三十三歳のはず。


 紫黒帝の年齢は、二十一か二くらいに見えなくもない。

 でも、仮にそうだとすると、お母様とは一回りも年が離れていたことになる。


 お母様は十五の時にこの国を出たのに。

 その頃三歳くらいの紫黒帝が、お母様のことを、そんなにハッキリ覚えていられるはずがないよね?


 だから、せいぜい二十代半ばとして……お母様と離れ離れになったのが五~七歳くらい?



 ……そっか。

 そんなに幼い頃に、姉と慕っていた人が他の国に行っちゃったら、傷付くに決まってるか。

 大好きなお姉さんを奪われたって、お父様のこと恨んじゃっても、当たり前のような気もする。



 ……なんだか、幼い頃の紫黒帝の気持ちを考えたら、ますます言い返せなくなってしまった。


 もちろん、お父様とお母様が悪いわけじゃない。

 誰も悪くないんだけど……。


 幼い紫黒帝を傷付けちゃったのは、間違いないんだろうから。

 二人の娘としては、あまり強く出られないと言うか……。



 うつむいたきり、私はどうしていいのかわからなくなっていた。


 ムチャクチャな紫黒帝の決定に、大人しく従うつもりもないけど。

 かと言って、冷たく突き放すこともできない気がして、途方に暮れていた。



 ――すると。

 今までずっと黙っていた藤華さんが、


「帝!」


 とても悲しそうな声で紫黒帝を呼び、彼の前に進み出た。

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