窮地の後の大混乱
セクハラヘンタイ神――じゃなかった。
白と紫の存在? と距離を取るため、思いっきり横に跳んだとたん。
「リナ、リア……姫……殿下?」
恐る恐るといった感じで、萌黄ちゃんが呼び掛けてきた。
私は『ヤバっ』と息を止め。
ゴクリとつばを飲み込んでから、ぎこちなく彼女の方に顔を向ける。
そこには、得体の知れない化け物を目にしたかのように顔をゆがめ、こちらを窺っている萌黄ちゃんがいた。
「あ……。ち、違うの! あなた達には、〝さっきから不気味な言動繰り返してるヤバいヤツ〟に見えちゃってるかもしれないけどっ、でも違うの! 私はメチャクチャ正しいことを言ってるし、やってるんだけど! あなた達には彼が見えないみたいだから、変な風に思われちゃってるだけ! ただそれだけなのっ! そこら辺の誤解が無事解ければ、きっとわかってもらえると思う! だから――っ、そんな目で見ないで? ねっねっ? お願い!……お願いだからぁああああーーーッ!」
痛いほどに突き刺さる、周囲からの視線に耐えられず。
涙目になりながらも、私は必死に訴えた。
……だけど。
どれだけ真剣に訴えても、彼女たちの心には、全然響かなかったらしい。
相変わらずの視線を私一人に注いだまま、誰も一言も発しない。
(うぇぇ……。どーしよう? このままじゃ、完全にヤバいヤツ認定されてしまう……っ)
どうにかしてそんな事態だけは回避しなければと、気持ちばかり焦るけれど。
焦れば焦るほど、頭は真っ白になって行った。
(うわぁああん! ごめんなさいお父様! ごめんなさい先生! そしてごめんなさいっ、ザックス国民の皆様ぁーーーっ! 私は突然出現したセクハラヘンタイ神のせいで、ヤバい姫認定されてしまいそうですぅううううーーーーーッ!!)
不本意ながら、そんな不名誉を与えられることを覚悟した、その時。
「リナリア姫殿下!」
藤華さんの凛とした声が、周囲に響き渡った。
「……へっ?」
驚いて顔を上げると。
こちらに向かい、藤華さんが歩いて来るのが目に入った。
ポカンとして突っ立っている私の前で、ピタリと足を止めた彼女は、
「もしや……リナリア姫殿下は、ご覧になることができるのではありませんか? わたくしのように、ただ感じるだけでなく。神のお姿を、ハッキリとご覧になることができるのでは――?」
まっすぐ私の目を見つめ、落ち着いた声で訊ねる。
「え……」
正直に言っていいものなのかどうか、ためらっていたら。
「ウソ……! 藤華様さえ感じられるだけだとおっしゃる、神のお姿が――!?」
「そんな、まさか! 信じられない!」
周りがザワザワし始めて、私は告白するタイミングを失ってしまった。
それでも藤華さんは、
「リナリア姫殿下。どうか、ご遠慮なくおっしゃってください。周囲の者達の声に、耳を貸す必要はございません。姫殿下はただ、事実のみをお話しくださいませ。……神のお姿が、ご覧になれるのですね?」
癒し系の穏やかな声で訊ね、私をまっすぐ見つめる。
「事実……のみ、を――……」
彼女の澄んだ瞳に励まされ、私は大きくうなずいた。
「はい。私には見えます。神……かどうかはわからないけど、藤の精のように美しい男性が。ハッキリと彼の声も聞こえるし、一応会話もできるみたい……です」
再びざわめきが走り、私はビクッとなって肩をすくめる。
すると、
「お静まりなさい!」
藤華さんの凛とした声が響き、周囲は一瞬にして静まり返った。
彼女はフッと表情を和らげ、両手で包み込むように私の手を取った。
「素晴らしいですわ……! 私の能力など、遠く及びません。やはり、紅華様の御子でいらっしゃるリナリア姫殿下には、神もお心をお許しになるのですね」
「えっ? あ、いえ! そんな……私はべつに、何も……」
私は顔を熱くしながら、さり気なく視線を斜め横にそらす。
藤華さんの微笑みは菩薩像のように神々しくて、妙にドギマギしてしまった。
「ゥフン? 我は、リナリアとやらに心を許しているわけではないぞ? じゃが……我の姿が見え、声も聞こえ、会話も成立するというところだけを見れば……確かに、紅華と同様の能力をそなえておるのじゃろう。……ンッフ。愉快よのう? 当分の間、暇を持て余さずに済みそうじゃ」
どうやら本当に神らしい、白と紫の存在は。
私の耳元で、楽しげにクックと笑う。
……って、何が『当分の間は暇を持て余さずに済む』、よ!
そんなに長い間、この国にいるわけないでしょっ?
神結儀が終わったら、サッサと帰ってやるんだから!
どんなにキレイだとしても。
こんなセクハラヘンタイ神のいる国になんて、もう一分一秒だっていたくないもの!
……そーよ!
紫黒帝にお願いして、なるべく早く帰らせてもらうんだから!
そう心に誓った時だった。
紫黒帝がうっすら見えていただけの御簾が、急にババッと上がって。
中から、当の帝が現れた。
「帝! お出になられてはなりませぬ!」
「神結儀がとどこおりなく済みますまでは、お出になられてはならぬ決まりですぞ!」
紫黒帝の後方で控えていたらしい役人さん達も、急にわらわらと現れ、口々に物申す。
「ええい、黙れ黙れ! 黙らぬか! 神結儀など、とうにとどこおっておるではないか! 日を改め、仕切り直すに決まっておろうが!」
ブチギレ気味の帝から、神結儀の中止と延期が、同時に宣言された。
予定と違う出来事が次々と起こり、役人さん達はパニック状態。
口々に嘆いたりしながら、右往左往している。
その様子を、ただただポカンと口を開け、見守っているしかなかった私は。
「リナリア! そちには神が見えておるのだな? 間違いないな?」
いきなり紫黒帝に訊ねられてギョッとしたけど、とっさにコクコクとうなずいた。
紫黒帝は満足げにニヤリと笑い、
「さすがですぞ姉上! これで何の心配もいらぬ! 本日より巫女姫は藤華にあらず! そこにおるリナリアであるぞ!」
とんでもない爆弾発言をして、私達を一瞬のうちにフリーズさせた。