白と紫のセクハラ神
萌黄ちゃんの言葉にショックを受けた私は、救いを求めて周囲を見回した。
だけど、みんな私と目が合ったとたん、気まずそうに視線をそらされてしまい……。
(ええーーーっ、そんなぁ~~~っ! ホントに誰も、紫の踊り子が見えてなかったっていうの!? 見えてたのは私だけ!?……嘘でしょう? だって、こんなにハッキリ見えるのに……)
なんだか無性に泣きたい気持ちで、再び顔を横に向けると。
みんなには見えないらしい、紫のセクハラヤロウと目が合った。
彼は愉快そうにクツクツ笑った後、片手をあごの下に当て、
「やはり見えておるのじゃな、我の姿が。……フフン。我を瞳に映すことができる人間など、久方ぶりに出おうたわ。紅華以来じゃから……うぅん? 人間の世界で言うところの……十八年? にもなるかのぅ?」
などと言い、また『フッフフ』と笑った。
「……へ? 『我を瞳に映すことができる人間』? 『紅華以来』?……『人間の世界で言うところの』……って……」
彼の言葉を何度も脳内で繰り返してから、私はハッと息をのんだ。
これらのことから出せる答えがあるとすれば、たったひとつしかない。……はず。
「えっ? じゃあもしかして……。ううん。もしかしなくても、あなたって……」
指差して答えを言おうとするけど、どうしても出てこない。
わからないから、ではなく……。
たとえ、出した答えが正解だとしても。
他の人に信じてもらえる可能性は、限りなく低い気がしたからだ。
私が答えを言えないまま、口をパクパクさせて固まっていると。
「フフン? どうやら、口にするのをためらっておるようじゃな?……よかろう。我自らが教えてやろうではないか」
紫の踊り子――……あ。じゃないんだっけ。
ええっと、じゃあ……紫の人?――だと、某マンガのキャラクターにちょっと似ちゃうしな。
じゃあじゃあ、えっと……ええっとぉ……。
白と紫の人!
センスのカケラもないけど、メンドクサイからこれでいいや!
白と紫の人は、何故か自慢げに胸を張り、
「実のところ、我は何者でもないのじゃがな。人間らは勝手に、我のことをこう呼んでおる。――『神』、とな」
もったいぶった言い方で、自己紹介? してきた。
内心『でしょうね』と思いつつも、私はまだ、口に出すのをためらっていた。
……何故だかはわからない。
わからないけど……この人(あ。神だっけ?)に関わるのは、危ないような気がしたから。
神という存在は、私の国にもいた。
彼も『人間が勝手に呼んでるだけ』とか言ってたけど。
見た目は子供そのもので、中身も子供っぽかったけど。
でも彼は確かに、私の国では神様だった。
可愛くてイタズラ好きで、寂しがり屋の神様だった。
最初はちょこっとだけ、ムカついたりもしてたけど。
最後にはちゃんと仲良くなれた。
……だけど。
今目の前にいる彼は、どうなんだろう?
信用していい神なんだろうか?
人間にとって、悪い神ではないんだろうか?
それがわからないうちは、むやみに近付いたりしない方がいい気がする……。
「うん? いかがしたのじゃ?……ほれ。我に意見を申してみよ。ほれほれ。ほーれ。……ぅふん? 何じゃ? 我を認めぬつもりか? 今さら見えぬふりをしても無駄じゃぞ? ほぉ~うれ、ほぉ~うれ。今一度、我とまなこを合わせてみよ」
意地でも『神』とは口にしまい。
そう決めた私は、すぐ側で両手をヒラヒラさせたり、顔を近付けてきたり、肩をツンツンつついてきたりしている彼から、視線をそらせ続けていた。
彼の存在を認めたら〝負け〟。
そういうゲームをしているつもりでいよう。
私はお母様とは違う。
強力な力を持っているわけでもないんだから。
ヘタに手を出したりしたら、それこそ、何をされるかわからない。危険だ。
ひたすら視線を合わせぬよう、あっちを向いたり、こっちを向いたりしている私は。
きっと周りの人達には、ますます不気味に見えていたに違いない。
……それでも。
ここで負けるわけには行かなかった。
神とやらに目をつけられて、何らかの被害を受けるリスクに比べたら。
周りの人達に変な目で見られる方が、いくらかはマシに決まっている。
この国にいるのだって、あと数日程度だろうし。
その間ちょこっとだけ、冷たい視線に耐えればいいだけの話なんだから。
うん、そーよ。
ほんのちょこっとだけ、ガマンガマン。
ガマン……ガマン……。
ガマン……しな……きゃ……!
――とは、思うものの。
彼の視線から逃れるのも、いい加減辛くなってきた私は。
(そっか! 目をつむっちゃえばいーんだ!)
そのことにようやく気付き、ギュウッと目を閉じた。
――すると。
彼の気配がどんどん近付いてきて、
「ゥフフン? とうとう目を閉じよったか。……まあよい。藤華は耳で勘弁してやったがの。リナリアとやらには……。フッフ、そうじゃのう。頬をベロ~ンとなめてやろうかのう? ほーれ、ベロ~――」
「っぎゃああッ!! やめてよこのっ、セクハラヘンタイ神ィッ!!」
一瞬、勝負のこともすっかり忘れ。
私は思いっきり横に跳び、彼から数メートルほどの距離を取った。