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儀式中断

 私が『ちょ――っ! ダメーーーッ!!』と叫ぶのと。

 藤華さんが短い悲鳴を上げてうずくまるのが、ほぼ同時だった。


 奏者さん達はギョッとしたように演奏を止め。

 藤華さんのお付きの人達は、目を見開いたまま固まっている。


 そして、萌黄ちゃんはと言うと。


「リナリア姫殿下! あれほど申し上げましたのに!」


 『なんてことをしてくれたんだ』とでも言いたげに、私をギリッとにらみ付けた。


「えっ? あ……。だっ、だってっ! いくらなんでもあれはダメでしょ! どー考えたってセクハラでしょ!?」


 いまだうずくまっている藤華さんを除き。

 その場にいる全員の目が、一斉に私に向けられていることに気付き、私は焦って訴えた。


「はぁ? せくはら……って、何ですかそれ?」


 思いっきり眉間にシワを寄せた萌黄ちゃんに訊ねられ、私は弁解するように口を開く。


「だからセクハラだってば! この国では何ていうのかわからないけど……えーっと、つまり……。と、とにかくあれはダメでしょっ、あれは!? あれを見て、どーしてみんながそんなに平気でいられるのか、そっちの方が不思議だよっ!――ほらっ。藤華さんだってさすがに舞っていられずに、うずくまっちゃってるじゃない!」


 舞台を片手で指し示し、藤華さんの方へ皆の注意を向ける。

 すると、藤華さんは慌てたように立ち上がり、深々と頭を下げた。


「も、申し訳ございません! 神結儀の最中にわたくしったら……。まことに、なんとお詫びすればよろしいのか――」


 恥ずかしくて顔を上げられないのか、藤華さんは頭を下げたままだ。

 私はブンブンと首を横に振り、


「そんな! 藤華さんが謝ることじゃないじゃないですか! 謝るのはそっちの――っ」


 そう言って、藤華さんの舞を中断させた張本人、紫の踊り子(勝手に命名)を指差そうとしたんだけど。


「ええッ、いないっ?……ど、どこっ!? どこ行ったのよあの人っ!?」


 何度も何度も周囲を見回し、踊り子の姿を捜す。

 だけど、どれだけ必死に見回してみても、彼を見つけることはできなかった。


「えぇえーーーーーっ? ホントにどこ行っちゃったのあの人っ? 逃げ足早すぎるってばーーーーーッ!」


 逃げられたのが悔しくて。

 思わず地団駄踏んでしまいそうになったところを、姫という立場上、ググッと堪える。


「とにかくっ! 悪いのはぜーーーんぶ、あの踊り子さんなんですからっ! 藤華さんはただの被害者です!……ねっ? 皆さんもそー思うでしょ!?」


 同意を求め、順々にその場にいる人達に視線を移す。

 絶対に同意を得られると確信していた私は、ポカンとした彼らの顔を見たとたん、


「えっ?……違うの? もしかしてあれ……演出か何かだった、り?」


 不安になってきて、恐る恐る訊ねた。

 困惑した表情で顔を見合わせ合っている、彼らの様子からすると、やはり……。


「え……嘘でしょ? ホントにあれ……そーゆー演出……だったの?」


 背中に冷たい汗が伝い、私の頭はグルグルと回り出した。



 もし、本当にその通りだったとしたら。

 私は大事な儀式の途中で、とんでもない失態を演じてしまったことになる。


 ザックス王国の国王代理として招かれたのに、お父様の顔に泥を……。

 泥……を……。



 瞬間、めまいがして。

 足元がちょこっとだけふらついた。


「リナリア姫殿下っ?」


 驚いて声を上げる萌黄ちゃんに、『大丈夫』と伝えようとした時だった。


「リナリアとやらよ」


 耳元で男性の声がして。

 思わず『ひゃあッ?』と悲鳴を上げた私は、逃れるようにピョンピョンと横に跳んだ。


 内心ビクビクしながらも、ナメられちゃいけないと思い、


「誰ッ!?」


 声のした方をにらみつけながら、鋭い声を上げる。

 そこにいたのは、さっきまで藤華さんと舞を披露していた紫の踊り子。女の敵、セクハラヤロウだった。


「ちょ――っ、なんなのよあんた!? さっきから、急に現れたり消えたりして! 人からかって遊んでるワケ!?」


 思いっきり指差して言ってやると、周囲にざわめきが起こった。

 そのざわめきは、踊り子と言うより、私の行為に驚いたために起こったもののように感じられた。


 訳がわからず、まずは藤華さんとお付きの女官さん達がいる方へ視線を投げる。

 藤華さんは呆然と私を見つめ、女官さん達は、奇妙な生き物を前にした時のように身を寄せ合い、何やらヒソヒソとささやいていた。


 今度は反対側の奏者さん達に目をやると。

 彼らは困惑した表情で、こちらをじーっと見つめたり、隣同士で、やはりささやき合ったりしている。


「え……? な、なに? みんなどーしたの?……ねっ、ねえ萌黄ちゃん! 私……何か変なこと言った?」


 たちまち心配になって、一番近くにいる萌黄ちゃんに訊ねてみた。

 すると彼女は、両手を胸の前でギュウッと重ね合わせ、緊張した面持ちで口を開く。


「変なこと言った? って……。恐れながら申し上げますと、先ほどから、リナリア姫殿下のなさること、おっしゃることすべてが変ですよ? 突然大声をお上げになられましたり、『せくはら』や『踊り子』や……意味のわからぬことをおっしゃいましたり……。誰もいない方をお示しになって、話し掛けたりもなさってましたよね?」


「へっ?……『誰もいない方』?」


 私はぎこちなく顔を横に向け、そこに()()姿()()()()ことを確かめた。

 再び顔を萌黄ちゃんの方に戻し、


「だ……誰もいないって……。も、もーっ、萌黄ちゃんったら! こんな大事な儀式の場で、ふざけたりしちゃダメでしょー? ここにちゃーんといるじゃない、男の人が。さっきまで藤華さんと一緒に舞を披露してたの、萌黄ちゃんだって見てたよね?」


 引きつり笑いを浮かべ、彼女に確認を取る。

 萌黄ちゃんは、不気味なものでも見るようなおびえた目で、私をじっと見つめ。


「な、何をおっしゃってるんですか? わたしはふざけてなどいません。それに、男の人がいるって……いったい、どこにいらっしゃるんです? わたしには、そんな人どこにも見えませんし……藤華様は、最初からお一人で舞っていらっしゃいましたけど……?」


 まるで悪寒でも走ったかのように。

 自分の体を強く抱き締め、私の言葉を全否定した。

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