天女のごとき巫女姫
神結儀が執り行われる陽景殿は、御所の後宮の中でも中央に位置するところだそうなんだけど。
紫黒帝が側室を迎えようとしないものだから、今はどなたの住まいでもないということだった。
だけど、長いこと放置状態だと、部屋が痛んでしまうじゃない?
それはマズいということで。
祭祀が行われる際に披露される神楽の練習とか、大切な儀式で使用されることになったんだって。
神結儀も、昔は庭園(藤の花が咲いている辺り)に専用の舞台を作って行われていたらしいんだけど。
何代か前の帝の治世に、財政難に陥ってからは、その都度舞台をこしらえるなんて贅沢だ、ということになり――。
結局、現代のように、後宮の中で空いている殿舎を使用するようになったんだそうだ。
――っとまあ、説明はこのくらいにして。
私は今、神結儀が執り行われる陽景殿にいるわけなんだけど。
萌黄ちゃんに急かされて早く着きすぎてしまったのか、主役である藤華さんの姿はまだなかった。
「よかった。遅れずに到着できたみたいだね。藤華さん、まだ来てないみたいだし」
遅刻せずに済んだと、ホッと胸を撫で下ろしていると。
噂をすれば影とばかりに、後方にお供の人を従えて、藤華さんが入ってきた。
「わあ……。藤華さん、いつにもましてキレイ……」
自然と胸の前で両手を組み合わせ、私はうっとりと見惚れてしまった。
今日の藤華さんは、やっぱり萌黄ちゃんと同じような化粧をしている。
花鈿はここからではよく見えないけど、なんとなく、藤の花の模様のような気がした。
だって、藤華さんの名前にも〝藤〟が付いているし、礼服の色も紫を基調としているし、髪飾りにも藤の花があしらわれている。
藤の花を見に行った時にチラッと見えた人(?)も、『藤の精みたい』って思ったけど。
今日の藤華さんも、まさしくそんな感じだった。
いつもと少し違う髪型のせいもあるのか。
頭上に小さな金の冠を載せていたり、花の髪飾りがいつもより盛られていたりするせいもあるのかもしれない。
すごく神秘的で、天女が地上に降り立ったかと錯覚しそうなほど、夢のように美しかった。
「ねえねえ萌黄ちゃん! 藤華さん、ものすっごくキレイだね!」
興奮して、萌黄ちゃんの肩に両手を置き、少し揺さぶってしまった。
彼女はちょこっと眉間にシワを寄せ、
「藤華様はいつもお美しいです。今日だけ特別というわけではございません」
まるで、『わざわざ当たり前なことを言うな』とでも言いたげに、キッパリした口調で告げる。
私は『う、うん……。それはまあ、そうなんだけど』と曖昧な笑みを浮かべ、それ以降は口を閉ざそうと心に決めた。
ただでさえご機嫌ナナメな萌黄ちゃんだ。
これ以上余計なことを言って、怒らせたくない。
とりあえず、神結儀がとどこおりなく完了するまでは大人しくしていよう。
……でも、神結儀に出席する人って、本当に少ないんだなぁ。
藤華さんのお供の人は、えーっと……いち、に、さん……って、三人しかいないようだし。
紫黒帝は……っと。
向こう側の中央に、御簾が掛かった箱状のものが据えられている。
私が御所に来る時に乗せられていた、お神輿の上にあったものとよく似ているけど……。
たぶん、あの御簾の中にいらっしゃるんだろうな……帝は。
うっすらとだけど、御簾越しに人影が見えるもの。
陽景殿のど真ん中には、厚さ十センチ以上はありそうな、ピッカピカに磨かれた正方形の板が設置されているんだけど。
藤華さんは、あそこで舞を披露するんだそうだ。
一人ではなく、〝神と一緒に〟。
たとえばお母様のように、能力の強い人だと。
直接神が見えるから、その神と息を合わせて舞うこともできるって話なんだけど。
藤華さんの力はそこまで強くなく、存在を感じることしかできないから――。
あくまで〝神が見えるていで〟、舞を披露することになるということだった。
二人……じゃなかった。
たしか神は、一人じゃなく、一柱って数えるんだっけ?
だからえっと……一人と一柱が共に舞うことが、神と婚姻を結ぶ儀式――神結儀、ってことになるらしい。
じゃあ……神結儀を終えたら、藤華さんは〝もっと強い力〟を得ることができるの?
……確か、そんなような話だったよね?
雪緋さん、神結儀を終えた巫女姫は『数々の力や徳を得られる』んだって……言ってたよね、一ヶ月ちょっと前に?
神と舞うだけで『数々の力や徳を得る』ことができるなら、こんな簡単な話はない、って気もするけど……。
でも、『数々の力や徳』って、なんだろう?
それらを得ることで、藤華さんは幸せになれるのかな?
私には、〝この国を維持していくための生贄〟、みたいな……どうしても、そんなマイナスの印象を抱いてしまうけど。
藤華さんは本当に全て納得ずくで、この儀式に臨んでいるんだろうか?
本番直前にこういうこと考えてしまうのは、きっとよくないことなんだろうけど。
好きな人がいるのに神結儀に臨んでいるとしたら、こんな悲しいことはないし……。
(それならせめて、彼女に好きな人がいなければいいのに)
そんな祈るような気持ちで、私は藤華さんを見つめていた。