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謝罪ばかりの姫君

「よいですか、リナリア姫殿下? 本日は、藤華様の大事な大事な神結儀が執り行われるのですよ? よりにもよってそんな日に、涙など流して場を汚すようなことは、絶対になさらないでくださいね? おわかりになりましたか?」


 先に立って歩いている萌黄ちゃんは、何度も何度もこちらを振り返りながら、くれぐれも台無しにするんじゃないぞと念押ししてくる。


 うつむいて彼女に従いつつ、私はさっきから『はい』『わかってます』『ごめんなさい』、ほぼこの言葉ばかりを繰り返していた。



 まあ、萌黄ちゃんがご機嫌ナナメになるのもムリはない。

 全部私のせいなんだから。


 あさげの片付けを終え、自分の着替えを済ませて彼女が戻ってきてみたら。

 私が膝を抱えて、メソメソメソメソ泣いていたんだもんね。

 さぞやビックリ&呆れ返ったことだろう。


 その時の彼女の気持ちを想像するに、


『今日は藤華様の一生に一度の大事な儀式が執り行われる日だってゆーのに! このボンクラ姫、どーしていきなり泣いてくれちゃってるワケ!?……まったく! あさげの時はやたらボーッとしてたと思ったら、今度はこれ!? 情緒不安定なんじゃないの!? でもだからって、藤華様の晴れの舞台をジャマしてくれよーもんなら、承知しないんだからねッ!?』


 ……って、こんな感じだったんじゃないだろうか?



 萌黄ちゃん、藤華さんのこと大好きだもんね。

 大好き通り越して、心酔とか崇拝ってレベルまで行ってる気もするし。


 もしも、萌黄ちゃんの言う通り、藤華さんがカイルのことを好きなんだとしたら。

 一人の男性として見ているんだとしたら。


 カイルを諦められない限り、私は萌黄ちゃんにとっての〝敵〟ってことになっちゃうのかな……?



 そんなことを考えながら、前を歩く萌黄ちゃんの背をそっと窺う。


 今日の彼女は、いつもの服よりちょっと豪華で、カッチリとして見えるものを着ている。

 豪華と言うか、色彩がより鮮やかと言うか……。


 彼女から受けた説明によると、今日の服は礼服らいふくと言って、特別な儀式なんかの時にだけ着る服なんだそうだ。

 いつも着ているのは朝服ちょうふくで、こちらは女官の制服みたいなもの。


 朝服の時の萌黄ちゃんも可愛いけど、礼服を着た萌黄ちゃんは髪型もちょっと違っていて、顔もお化粧なんかしちゃったりして、おませな感じでめちゃ可愛い。


 でもお化粧の仕方は、私の知ってる感じとはちょっと違ってるみたい。


 顔におしろいっぽいものを塗って、唇に紅をさしているのは、舞妓さんなんかと似ているんだけど。

 額に花のマーク? っぽいものを描いて、唇の両脇辺りには赤いほくろ? っぽいものを描いている。……ここが変わってるって言えば変わってるかな?


 でも、なんだかエキゾチックってゆーか、神秘的な感じもして、とっても素敵なんだよね。


 あんまり魅力的だったから、さっきまでメソメソ泣いていたのも一瞬忘れて、


「ねえ、萌黄ちゃん。額に赤い色で描いてあるそれは……花? 花のマーク――ううん、模様か何か? それって、みんな描かなきゃいけないものなの?」


 思わず訊ねてしまっていた。

 萌黄ちゃんはピタリと立ち止まって振り向くと。


「こちらは〝花鈿かでん〟と言って、礼服着用の時にする化粧のひとつです。花の模様を描くことが多いですが、花でなくてはいけないという決まりも特にありません。ですが、上流貴族の方ほど、凝った模様を描いていらっしゃることが多いですね。口の両端と申しますか、頬に描いてあるのは靨鈿ようでんと言います。こちらも花鈿と似たようなものです」


「へえー、そーなんだぁ……。じゃあ、人それぞれ個性があるんだね。他の人の、えっと……かでん、だっけ? それを見るのも楽しみだなぁ~」


 ちょっぴりワクワクしてきて、ついついへららっと笑ってしまったら。

 萌黄ちゃんはぷうっと頬をふくらませ、


「もうっ、リナリア姫殿下! 花鈿は、そんなにジロジロ見るようなものではありませんよ? それに、神結儀にご出席なさるのは、ごくごく限られた人数だけですから。楽しめるほどの数は見られないと思いますけど」


「えっ、そーなの?……あー……そっかぁ。そー言えば、そんなような話だったっけ……」



 ……うん。

 出席者が少ないってことだったから、私もお父様の代わりに出席する気になったんだもんね。


 そっかそっか。

 すーっかり忘れてた。



 頭をかきながらエヘヘと笑ってみせると、萌黄ちゃんにジト目で見つめられてしまった。



 うぅ……っ。

 だって、しょーがないじゃない。

 雪緋さんから神結儀の説明を受けたのは、一ヶ月半くらい前のことなんだから。


 そりゃー忘れるでしょ。

 たった一度教えてもらっただけのことなんて、一ヶ月以上経てば忘れちゃうこともあるってば。



 気まずく視線をそらせ、再びうつむこうとしたとたん。

 萌黄ちゃんがスタスタと歩き出し、私は慌てて、早足で後を追った。


「ほらっ、急ぎますよ! 遅れたりしたら私がお叱りを受けてしまいます。藤華様はお優しいお方ですから、お怒りになるようなことは、まずないと思いますけど……帝は難しいお方です。すっごくお怒りになられる可能性もございますし、ギリギリの時刻に着くことなどないように、お気を付けてくださらないと困ります!」


「はっ、はい! ごめんなさい急ぎますっ!」



 ……なんだか、萌黄ちゃんには謝ってばかりだな。

 私の方が七歳も上なのに、恥ずかしいところばかり見せちゃって、ホントに情けないなぁ……。



 小走りの彼女について行く途上、妙にションボリしてしまったけど。

 落ち込んでいたって、汚名返上できるわけじゃない。


 とにかく今は、カイルのことは置いておいて、神結儀に集中しなければ――!


 決意を胸にうなずくと。

 私は『やっぱりこの服、走るのには向いてないな』なんて当たり前のことを考えながら、ひたすら萌黄ちゃんの背中を追った。

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