話しにくいこと
カイルの顔が、いきなり真っ赤になってしまったワケを知りたくて。
数分ほど待ってみたけど、彼はいっこうに説明してくれず、こちらを向いてもくれなかった。
そんなに話しにくいことなんだろうかと、ひたすら彼の背を見つめながら思いを巡らせていたけど。
いつになるかわからないまま、ただ待ち続けるだけの状態って、すっごく疲れるんだよね。
これはもう、理由を聞くのを諦めるか。
はたまた、ムリヤリにでも聞き出すか。
そのどちらかしかないんじゃないかな?
このまま待ち続けても、『今しばらくお待ちください』状態が、延々と続くだけのような気がしてきた……。
「ねえ、カイ――……翡翠さん。そんなに話しにくい理由なんだったら、もういいよ? ムリにでも聞き出してやろうなんて気は全然ないから、安心して?」
……なんて。
正直に言えばメチャメチャ気になるけど。
ムリヤリ聞き出すなんて、できるわけないもの。
ワガママ言って困らせたあげく、カイルに嫌われちゃったら悲しすぎるし……。
理由を聞くのを諦めるという、私の出した結論に、
「えっ、よいのですか!? 本当に、もうよろしいのですね!?」
カイルはすぐさま振り向いて、念押しするように訊ねた。
「うん。まあ、そりゃあ……気にはなるけど。それだけためらうってことは、言いたくないってゆーか、知られたくないことなんでしょう? だったら、もういいかなって。あなたを困らせたいわけじゃないし」
「そ……そうですか。それは、その……お心遣い、痛み入ります」
明らかにホッとした顔をして、カイルは微かに笑みを浮かべた。
ちょこっとだけ、『そんなに私に話すのが嫌だったの?』ってムッとしたけど。
彼の笑顔に素直にときめいちゃってる自分もいて、複雑だった。
一方カイルは、私の表情の変化で何らかの危険を察知し、話を変えなければと焦ったんだろう。
「とっ、ところで! この国の印象はいかがですか? リナリア姫殿下のご興味を引くような物事はございましたか?」
やたら早口で、取ってつけたような質問を投げ掛けてきた。
なんだかなぁ、とは思ったけど。
私だって、わざわざ場の雰囲気を悪くしたいわけじゃない。
(蘇芳国の印象? 興味を引くような物事、かぁ……)
うぅむとうなりながら、彼からの質問を真剣に考えてみた。
興味を引くような物事って言われても。
私は先生みたいに、この国のことをいろいろ調べたくて来た、ってわけじゃないしなぁ。
蘇芳国見て気になったことは、向こうの世界の歴史で習った平城京だか平安京だかっていう、昔の日本に似てる気がする――とか、そういうことだけど。
……こんなこと、私が異世界に飛ばされてたことを知ってるカイルじゃなきゃ、してあげられないじゃない。
だって、今の彼はカイルじゃない。……翡翠さんなんだから。
どうしてかわからないし、いつからかわからないけど。
私の知らないうちに、そういうことになっていたんだから。
「……あ。でも、そう言えば――」
「はい? 何か思いつかれましたか?」
私が『興味を引くような物事』を思いついたと思ったのか。
カイルは小首をかしげながら、私の顔を覗き込んだ。
「あー……ううん。そーじゃなくて。この国のことって言うより、翡翠さんのことなんだけど」
「は? 私のこと……でございますか?」
彼は意外そうに目を見開いた後、困惑したように眉根を寄せた。
――そう。
この国のことではないけれど、彼については、気になっていることなんて山程あるのだ。
訊くのは今しかないと覚悟を決めた私は、まっすぐ彼を見返した。
「翡翠さんは元からこの国にいたの? それとも、どこか他の国から来たの? 他の国から渡って来たんだとしたらどこの国? 次期はいつ頃? どうして今、藤華さんの護衛をしているの?」
矢継ぎ早に質問され、彼はギョッとしたらしい。
目を白黒させ、私から距離を置くように数歩後ずさった。
「あっ。いきなり立て続けに質問しちゃってごめんなさい! でもあのっ、ずっと気になってたことだから、よければ教えてほしいなー……なんて」
さすがに、一度に訊きすぎたかと心配になってきたけど。
この機会を逃したら、落ち着いて話せることなんて、もう二度となくなってしまうかもしれない。
図々しいと思われてもいいの。
だからお願い! 教えて、カイル――!
彼は私から目をそらし、しばらく考え込むように、片手をあごに添えていた。
私は彼を見つめ続け、ひたすらに返事を待った。
やがて、彼は再び私を見つめ、
「承知いたしました。リナリア姫殿下のご質問に、お答えさせていただきます」
そう言ってから、深く、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「私がこの国に流れ着いたのは、半年以上前のことです。生まれがどこの国なのかは、定かではございません」
「えっ? 生まれた国が定かではないって、どーゆーこと? それに、流れ着いた……って?」
「……そのままの意味でございます。私は半年以上前、この国の海辺に流れ着きました。……たぶん、乗っていた船が転覆でもしたのでしょう。生まれがどこの国か定かではない、というのは――」
そこで一度言葉を切って目を閉じると、彼は深くため息をついた。
それから再び目を開き、暗い瞳で私を見つめ、信じられないような言葉を口にした。
「生まれた国が定かではないのは、私に記憶がないからでございます。この国に流れ着いた時、私は己についての全ての記憶を失くしていたのです」