先生の叱責
誰もがうつむき、重苦しく沈黙する中。
私はただただ悲しくて、はらはらと涙を流し続けた。
泣き止まなきゃと、ずっと思ってはいるんだけど。
カイルのことが心配で、不安で、怖くて、どうしようもなかった。
でも、そんな私を見ていられなくなったのか、
「いい加減にしないか!!」
突然、凛とした声が部屋中に響き渡り、私はハッとして顔を上げた。
先生は腰に両手を当て、厳しい顔で私をまっすぐ見つめると。
「いったいいつまで、そうやってみっともなく、泣き続けているつもりだ? 元護衛君に何かあったと、確定したわけでもあるまい? なのにまあ、メソメソメソメソと。よくもそこまで、醜態をさらせるものだな。一国の統治者の娘であるという自覚や誇りすら、君には全くないとみえる。今の君を、もしも陛下がご覧になられたら、さぞや失望なさることだろう!」
容赦なく叱りつけられ、私は呆然と先生を見返した。
「せ……先、せ――」
それだけ言うのがやっとだった。
先生は、冷たい瞳で私を見下ろして――ふいにその色をやわらげると、私の頭にそっと手を置いた。
「しっかりしたまえ。詳しいことは、まだ何もわかっていない。元護衛君に危険が及んでいるやも知れぬ、などど気を揉んだところで、どうにかなるわけでもあるまい? 今はただ、次の情報が入るのを待つんだ。そして信じたまえ。きっと無事でいると。恋しい君を置いて、一人でどうにかなるはずがないと」
先生の手が、ぎこちなく私の頭を往復する。
相変わらず不器用な、慣れていない撫で方だ。
でも、それがいい。
照れくさそうな、ためらいながらのスキンシップが、だんだんと、凍えていた私の心を温めてくれた。
「……ごめんなさい。先生の言う通り、まだ何もわからないのに。何かあったって、決まったワケでもないのに、一人でメソメソして」
指先と手の甲で、目元をサッとぬぐうと、私は先生を仰いで笑ってみせた。
先生も、ホッとしたように笑い返してくれて。
「うむ。ようやくわかったようだな。君も、非生産的なことに囚われてばかりいるから、精神も肉体もなまってしまうんだ。……よし。今日は特別に、休講とすることにしよう。その分、グレンジャー卿にお願い申し上げ、剣術指南を受けて来るといい。いつもより早い時刻ではあるが、グレンジャー卿であれば、多少時刻が繰り上がっても、お許しくださるだろう。こういう時は、頭脳よりも体を働かせるに限る。余計なことを考えずに済むからな」
突然の予定変更だったけど、私は素直にうなずいた。
きっと、先生なりに気を遣ってくれてるんだろうと思ったからだ。
そうでもなきゃ、先生の方から休講の申し出なんて、絶対、するはずないもの。
私は先生の優しさに感謝しつつ、
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、そうさせてもらいます」
なんとか笑って告げると、先生も微笑しながらうなずいてくれた。
――あ。そうだ。
みんなにも謝らなきゃ!
先生以外の人達を、ぐるりと見回してから、私は深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、心配掛けちゃって。でも、もう大丈夫だから! みんなも、早く仕事に戻って――?」
顔を上げ、ガッツポーズしてみせたりして、元気アピールしながら、本来の仕事に戻ってくれるよう促す。
とたん、緊張の糸がほぐれたのか、皆の顔に笑みが浮かんだ。
彼らは互いに顔を見合わせ、ホッとしたようにうなずき合う。
そんな様子を見ていたら、また涙がにじみそうになってしまったけど。
ギュッと目をつむった後、何度か瞬きしてごまかした。
ああ、もう! ダメだなぁ、私。
こんないい人達に、心配ばっかり掛けて……。
もっと強くならなきゃ。
せめて、みんなの前でだけは、泣かずにいられるように。
……もっと、もっと強く。
そう心に誓うと、私はベッドから起き上がった。
剣術の稽古に行くんだから、シリルも一緒に――と思って目で探す。
彼は部屋のすみっこで、縮こまるようにして控えていた。
私は彼に近寄って行って、
「じゃあ行こっか、シリル? 今日もお手柔らかにお願いね」
いつもの調子で声を掛けると、シリルの顔は、たちまちぱあっと輝く。
彼は嬉しそうにうなずいてから、珍しく大きな声で、『はいっ!』と返事をした。