セクハラ&パワハラ姫?
可愛い可愛いと頭を撫で回してしまったのがマズかったのか。
萌黄ちゃんは『くりやの様子を見てきます!』と言って、部屋を出て行ってしまった。
可愛いくて愛おしいから、撫でていただけなんだけど。
もしかして、バカにしていると思われちゃったのかな?
違うのになぁ。
ただの愛情表現なのにな……って、んん?
……ヤバい!
これってもしかして、セクハラ……ってヤツなのでは?
……ううん。
私は他国の姫で、萌黄ちゃんはこの国にいる間のお世話係なんだから。
そこには一応、主従関係が発生しちゃっているワケよね?
……ってことは……。
ま、マズい!
セクハラであると同時に、パワハラでもあるってことじゃない!
意識した瞬間。
頭上から雷を落とされたような衝撃が走った。
つまり私は、今までずーーーっと萌えの対象の人達(シリルやニーナちゃんや萌黄ちゃん、ウサギの姿になった雪緋さんも含まれる)に、立場を利用してのパワハラ&セクハラを繰り返してきてしまった、ということになるのか。
……なんということだろう。
今まで、自分のしていることがパワハラやセクハラに分類される行為だなんて、考えたことすらなかったし、悪気なんてまったくなかったけど。
でも、だからって許されることじゃない。
パワハラもセクハラも、犯罪とされるケースなんて山ほどあるんだから。
ああ……どーしよう。
シリルもニーナちゃんも、私がギュッとしたり頭撫でたり頬ずりしたりするの、すっごく嫌だったのかもしれない。
嫌だけど、私が姫って立場だったから、『やめてください』『不快です』って、言えなかっただけなのかもしれない。
雪緋さんの場合は、ウサギの姿になっていたことを知らなかったんだから、セーフになる可能性もなくはない……ような気もするけど。
あの時、体はウサギに変わっちゃってたとしても、心は雪緋さんのままだったんだから……やっぱり、アウトなのかなぁ?
――って考えてみたらあの時の雪緋さん、服が脱げて素っ裸だったワケだよね?
素っ裸の雪緋さんを……私ったら、抱き締めたり頬ずりしたり背中撫で回したりしてたの!?
わわわわわ……ヤバいヤバい!
完ッ全にセクハラだわ!
「イヤーーーッ!! いったいどーしたらいーのぉおおおおーーーーーッ!?」
恥ずかしさが頂点に達し、私は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
とたん、『姫さ――っ、リナリア姫殿下!?』という、驚いたようなカイルの声がしたけど。
赤面しているに違いない私は、顔を上げることができなかった。
「い、いかがなさいましたっ? もしや、お加減がすぐれないのですかっ?」
急にしゃがみ込んだ私を前にして、彼はかなりうろたえているらしい。
……まあ、当然だろう。
誰だって、目の前で頭抱えて(しかも大声まで上げて)しゃがみ込んだ人がいたら、何事かと思って慌てるに決まっている。
私は頭を抱えたまま首を振ることで、『お加減がすぐれないのですか?』という彼の問いに答えた。
「お加減がすぐれぬわけではないのですね?……よかった」
息をつく微かな音がした後、『では、何故そのような……?』と再び問われた私は、
「うぅ……。セクハラ……パワハラ、もぉ~……。しちゃってた……からぁ~……」
恥ずかしさをこらえ、どうにかそれだけ口にした。
「は……? セクハラ……パワハラ、も?……しちゃってた、から……とは?」
意味がわからないという風に、カイルが私と同じセリフを繰り返す。
そこで私は、この世界には〝パワハラ〟と〝セクハラ〟という言葉は存在しないのだ、ということに気付いた。
「あ……。えっと、そのぉ~……」
言葉の意味を説明するべきか否か、しばし迷う。
迷った末に私は、
「ち、違うのっ! セクハラとパワハラってゆーのは、向こうの世界での言葉でっ! だからあの――っ、し、知る必要はないってゆーかっ」
説明しないことに決め、顔を上げて彼の目をじっと見つめる。
「向こうの……世界?」
私の目を見返して、彼はポツリとつぶやいた。
うなずく私に、しばらく考え込むような仕草をしてみせたカイルは、ふいにハッと息をのみ、片手で口元を覆った。
「え……? ど、どーしたの? 急に顔が真っ赤になっちゃったよ?」
――そう。
彼は今や、顔どころか耳や首までもが赤く染まっていた。
いきなりどうしてしまったんだろうと、今度は私が心配する番だった。
しゃがんでいた私と目線を合わせるためか、いつの間にか膝をついていたカイルは、パッと立ち上がって後ろを向いた。
「も、申し訳ございません!……ち、違うのです、これは――っ」
「……これは?」
私もゆっくり立ち上がり、彼の背を見つめて、説明してくれるのを待った。
……なのに。
待てども待てども、彼は説明してくれず、こちらを振り向いてもくれなかった。
「えっと……。私、いつまで待てばいい?」
戸惑いつつ訊ねると、
「も――っ! ももも申し訳ございませんっ! い、今しばらくお待ちくださいっ!」
ようやくそれだけ返事して。
カイルは後ろを向いたまま、思い切り首を横に振った。