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巫女姫の想い人

 真実か否かにかかわらず。

 萌黄ちゃんの中では、『藤華さんの好きな人=カイル(ヒスイ)』だっていう図式が、完全にでき上がってしまっているらしい。


 藤華さんに直接否定されても、彼女の意見は変えられなかったんだから。

 今さら、私が何か言ったところでムダだろう。


 ――ということで。

 萌黄ちゃんの思い込みのことは、とりあえず放っておくことにした。



 ……でも、気になるのは藤華さんの発言だ。


 萌黄ちゃんに聞いたことが本当だとするなら。

 彼女は『わたくしがお慕いしているのは翡翠ではありません』とハッキリ否定はしたものの、『好きな人はいない』とは言わなかった。


 ……ってことは。


 好きな人はカイルじゃないけど、他にはいる――って考えちゃっていいのかな?

 好きな人はちゃんといるのに、巫女姫という立場だから、神結儀をやらなきゃいけない……って、そういうこと?



 だとしたら……藤華さん、辛いだろうな。

 彼女の好きな人が誰かはわからないけど、もしも両想いだったりしたら、お相手の人も辛すぎるよね……。


 神結儀って、どうしてもやらなきゃいけないものなのかな?

 以前、雪緋さんも『巫女姫は、もともと特殊な力を持っているのだから、神結儀をやらなくても支障はないように思える』みたいなこと言ってたし……。


 神結儀の前に、紫黒帝と再びお話する機会があったら、その辺のことも訊いてみたかったんだけど。

 今のところ、何のお誘いもないしなぁ……。



 ……ハァ。

 どーしよう?


 このまま神結儀が執り行われるのを、黙って待ってるしかないのかな?

 藤華さんと彼女の想い人が結ばれない、幸せになれない未来を、何もしないまま迎えちゃってもいいのかな?


 ……そりゃあ、私は他国の姫なんだし。

 この国の決まり事に、首を突っ込んだりしちゃいけないのかもしれないけど。


 でも……もしも、藤華さんが幸せになれないんだとしたら。

 神結儀なんてなくなっちゃえばいいのに……とか、無責任にも考えちゃうんだよね。



「……ハァ。神結儀かぁ……」


 無意識のうちにつぶやいた言葉にカイルと萌黄ちゃんが反応し、同時にじっと見つめられてしまった。


「あ……。ちっ、違うの! べつに、神結儀が嫌だとか、そーゆーことじゃなくてっ」


 私は慌てて両手を前に出し、否定の意味を込めてひらひらと左右に振った。


「ただ、その……藤華さんに好きな人がいるってことが、本当なんだとしたら。藤華さん、辛いだろうなって思って。そんな気持ちのまま神結儀を……って考えたら、萌黄ちゃんみたいに悲しくなってきちゃって、それで――……」


「ですよねっ? リナリア姫殿下もそう思われますよねっ」


 萌黄ちゃんの瞳が、『同志を見つけた』とでも言わんばかりにキラリと光る。


「えっ?……う、うん。神結儀を行うことは、この国での決まりごとなんだろうし、よその国の者である私が、あーだこーだ言えることじゃないっていうのは、よくわかってるんだけど……。やっぱり気持ちとしては、行わなくて済むものなら、それに越したことはないんじゃないかって。勝手かもしれないけど、無責任かもしれないけど……どーしても、そんな風に思っちゃうんだ」


「そーです! そーなんですっ! 神結儀は、この国で代々執り行われてきた大切な儀式だそうなんですけど。それはジューブンわかってるんですけどっ。でもでもっ、わたしにとってはこの国の行く末なんかより、藤華様ご自身のお幸せの方が、ずっとずーーーっと大事ですからっ! だからっ、神結儀なんてなければいいのにって、毎日のよーに考えちゃってますっ!」


 何度もうんうんとうなずきながら、萌黄ちゃんは前のめりになって熱弁する。


 彼女の気持ちはわかるし、私もほぼほぼ同意見だけど。

 他国の人間である私なら、まだともかく。

 この国の人間である萌黄ちゃんが、『国の行く末なんかどーでもいい』って言っちゃうのは、さすがにマズイんじゃないかな……?


 今の発言を誰かに聞かれていて、告げ口でもされたら大変と、私は周囲に視線を走らせた。


 人の姿は見当たらなくてホッとしたけど。

 一流の女官を目指すなら、萌黄ちゃんはもう少し、思ったことをすぐ口にしてしまう性質を、直す努力をした方がいいんじゃないかな?


 いつか失言で大きな失敗をしてしまいそうで、彼女の将来が心配になってきてしまう。

 働き者で優秀な子なんだから、そんなつまらないところで、ミスを犯してほしくないなぁ……。



 そんなことを考えていたら。

 自然と片手が彼女の頭上に伸び、気が付くと何度も撫でていた。


 萌黄ちゃんはたちまち真っ赤になって、


「なっ、なんなんですか急にっ? 勝手に頭を撫でないでくださいっ、子供扱いするなんて失礼ですっ」


 両拳を胸の前で握り締め、軽くにらみながら抗議する。


 私はいつの間にかヘラヘラ笑い、『うんうん』『わかってるわかってる』なんて言いながら。

 まだ幼い彼女の小さな頭を、ひたすらに撫で回し続けた。

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