女官見習いはくじけない
いつの間にか戻ってきていた萌黄ちゃんの顔色は悪く、おまけに、すごく落ち込んでいるように見えた。
心配になって、何かあったのかと訊ねると、彼女はうつむいたまま、ようやく聞き取れるような声でつぶやいた。
「笑われて……しまいました」
「えっ? 笑われたって、誰に?」
「……藤華、様に……」
「藤華さんが?……えっと、笑われたって……何を笑われたの?」
萌黄ちゃんは、藤華さんにカイルのことが好きかどうかを訊きに行ったんだもの。
笑われたというのは、当然、そのことに関係があるんだろうとは思ったけど。
すぐ側にカイルがいるのに、ストレートに訊ねられるわけもないし。
う~ん、どうしよう……?
私は彼の方を気にしながら、萌黄ちゃんと目線を合わせるためにしゃがみこんだ。
萌黄ちゃんは顔を上げることなく、ポツリポツリと話し始める。
「わたし、藤華様以外の人に話を聞かれちゃいけないと思って……。だから、二人きりでお話させてくださいって、藤華様にお願いしたんです。藤華様はわたしのお願いをすぐに受け入れてくださって、人払いをしてくださいました。……それでわたし、思い切ってお訊ねしたんです。『藤華様は、ヒスイがお好きなんですよね?』って」
「は――っ、……はぁあっ!?」
横で聞いていたカイルが、スットンキョウな声を上げた。
――と思ったら、ハッとしたように片手で口元を押さえ、ごまかすように数回咳払いする。
「それで? お訊ねしたら、藤華さんはどんな反応を示されたの?」
カイルには知られたくなかったけど、聞かれてしまっては仕方がない。
私は萌黄ちゃんの肩にそっと手を置き、なるべく穏やかな声で先を促した。
「はじめ、目を大きくお開きになって、驚いていらっしゃるご様子でした。でも、それから……クスクスお笑いになって、『まあ、いきなりこの子ったら。何を言い出すかと思えば――』とおっしゃり……またクスクスって……。しばらくそんな感じでした。おかしくて仕方ないって……そんな風な……ご様子で……」
最後の方は涙声になっていた。
心配になって、そっと顔を覗き込む。
すると、萌黄ちゃんの両目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「萌黄ちゃんっ? ど、どーしたの? まさかとは思うけど……藤華さんから、何かショックを受けるようなこと言われたの?」
私の問い掛けに、彼女は大きく首を横に振った。
「いいえっ、違います! 藤華様は、ご自分のお気持ちをお伝えくださっただけです! わたしが……っ!……わたしが勝手に、傷付いてるだけ……です。藤華様は、何も悪くありません」
両手で涙をゴシゴシぬぐってから、萌黄ちゃんは顔を上げて私を見返した。
もちろん私も、藤華さんが萌黄ちゃんにひどいことを言うとは思っていなかった。
だから彼女の答えにうなずくことで、『わかってる』という気持ちを示した。
「でも、それじゃあどうして……萌黄ちゃんは涙を?」
答えたくないと言うなら、それでもいい。
彼女の答えが何であろうと、ムリヤリ言わせるつもりもなかった。
だけど意外にも、萌黄ちゃんはあっさりと涙の訳を教えてくれた。
「藤華様は、笑ってお答えになりました。『萌黄。どうしてあなたが、そのように思ってしまったのかはわかりませんが……。わたくしがお慕いしているのは翡翠ではありません。彼のことは、とても頼りになる護衛だと思っていますし、親しみも感じていますが……それ以上の想いを抱えているわけではないのですよ』って」
「……そう。やっぱり……」
ホッとして息をついたとたん。
側にカイルがいることを思い出し、ヒヤリとする。
私はさっき彼がした〝ごまかすための咳払い〟を数回してみせてから、再び萌黄ちゃんに向き直った。
「じゃ、じゃあ――、萌黄ちゃんが泣いちゃったのは、自分が思い違いをしてたってことを、藤華さんに指摘されたから? 勘違いしてたことが恥ずかしくて、思わず……ってこと?」
「いいえ、違います。勘違いしてたのが恥ずかしかったからじゃありません。わたしは今でも、藤華様の想い人はヒスイだって思ってますし」
「そう。今でも翡翠さんが――……って、ええッ!?」
「どういうことだ萌黄!?」
私の驚きの声と、カイルが強く問う声とが重なった。
萌黄ちゃんは、フッと悲しそうな顔つきになり、
「藤華様は、ご自分のお気持ちを抑えつけていらっしゃるんです。だって、神結儀が行われれば、神様にご自分の全てを捧げなくてはいけないんですから。神様のものになることが決まっているから、きっと、ご本心をお話になることができなくて、苦しんでいらっしゃるんです。お国の御ためにムリしていらっしゃる藤華様のことを考えたら、わたし、悲しくなってきてしまって……」
そう言って、再び瞳をうるませる。
藤華さんに直接否定されたにもかかわらず。
いまだに自分の考えが正しいと思っている萌黄ちゃんに、開いた口がふさがらない。
私は思い込みの激しい萌黄ちゃんを前に、力なく『そ……っ、そー……なん、だ……?』と引きつり笑いで返すことしかできなかった。