主推しの女官見習い
さて。
ゆうげまでの時間を、どうやって過ごそう?
部屋の中で座ってるだけなんて、耐えられそうにないしなぁ。
どこかに出掛けたいけど……昨日、森の中で萌黄ちゃんと迷子になって、紫黒帝にも他の人達にも迷惑掛けちゃった手前、御所の外には行きづらいし……。
……あ。
そう言えば、萌黄ちゃん大丈夫だったかな?
昨日のことで、叱られたりしなかったかな?
気になって訊ねてみると、彼女はキリッとした顔で首を横に振った。
「いいえ。藤華様が代表して諭してくださったからか、他の女官などには叱られはしせんでした」
「え? 代表して諭す?」
「はい。『リナリア姫殿下に、神の憩い場を案内して差し上げたかった気持ちはわかります。けれど、まだ行き慣れていないところを、一人で案内しようなどと考えてはいけませんよ』と、優しく諭してくださいました。わたしが『はい』と答えますと、『わかってくれたのならよいのです。このお話はここまでにしましょう』と、他の女官の前でおっしゃったので、それ以上、わたしに何か言ってくる女官はいませんでした」
「そう。ならよかった。……でも藤華さんって、すごく優しそうな人だね。まとってる空気って言うか、雰囲気もとっても柔らかくて、そこにいらっしゃるだけで癒やされる感じするし」
私が藤華さんから受けた印象を口にした瞬間。
萌黄ちゃんの瞳がキラッキラに輝いた。
「はい! 藤華様はとてもお優しくてお美しくて、周囲の者達にも常に別け隔てなく接してくださるんです!……でも、藤華様ご自身は、この国の者としては珍しい灰色掛かったおぐしの色や瞳の色、まっすぐではない髪質などに引け目を感じていらっしゃるようなのですけど……。わたしは好きです! 藤華様の柔らかなお心を写したような髪色や瞳の色、そして、ゆるやかな波の形を表したようなおぐしも! お聞きしていると、いつの間にかトゲトゲしていた心も穏やかになってしまう、温かで落ち着いたお声も! みんなみんな大好きです!」
身を乗り出し、興奮気味に推しポイントを語りまくる萌黄ちゃんに、最初はタジタジになってしまったけど。
彼女があんまりイキイキとした顔と声で語るから、しまいには吹き出してしまっていた。
「え……っ? ど、どーして笑っていらっしゃるんですか? わたし、何か妙なことを言ってしまいましたか?」
「え? あ……ううん、違うの! 萌黄ちゃん見てたら、本当に藤華さんのことが好きで好きでたまらないんなんだなあって、微笑ましく思えちゃっただけ」
「――っ!……そ、そんな……。好きで好きで……なんて、わたし……」
萌黄ちゃんはたちまちのうちに真っ赤になって、目をそらしながら口ごもった。
私はクスッと笑い、『違うの?』と意味ありげな視線を送る。
「いっ、いえ! 違いませんっ!……けど――」
恥ずかしそうに身を縮め、頭から湯気でも出てるんじゃないかと心配になってしまうくらい、全身を真っ赤にしている萌黄ちゃんが、ギュッと抱き締めたくなるくらい可愛らしく。
私はますます、彼女のことを気に入ってしまった。
きっと〝推し〟のことを語る時って、誰でも、今の萌黄ちゃんみたいにキラキラ輝いて見えるんだろうな……。
推しとはちょっと好きの種類が違うけど。
私もカイルのことを語る時は、周りからあんな風に見えてるのかな……?
チラッとそんな考えが脳裏をよぎると、私も照れくさくなってうつむいた。
――と同時に、想い人がすぐ側にいるのに、当の本人からは別人として振る舞われている今のこの状況が、堪らなく切なく思えてきた。
私はそっと顔を上げ、庭先でこちらに背を向けて立っている彼を盗み見た。
ザックスにいた時より、少したくましくなったように思えるその背中が。
離れていた時間の長さをよりいっそう私に意識させ、胸がツキツキと痛んだ。
「カイル……」
思わずつぶやくと、萌黄ちゃんが『えっ?』というような顔で目をパチクリさせた。
探るような目つきで私をじっと見つめ、
「カイル、って……。昨日、リナリア姫殿下がおっしゃっていた、ヒスイにそっくりだという人のこと……ですか?」
いつもより、ちょっとだけ低めの声で訊ねる。
私は『ヤバ……っ』と一瞬焦ったけど、言ってしまったことは取り消せないと観念し、ごまかすことなくうなずいた。
「そう……ですか……」
さらに声を落とし、用心するように私を一瞥した萌黄ちゃんは、
「でも、ヒスイはヒスイですから! リナリア姫殿下と、そのカイルさんて方がどーゆーご関係なのかわかりませんけど、ただ似ているってだけで、ヒスイに必要以上に近付こうとなさらないでくださいね!」
何故か突然、敵意むき出しといった感じで私をにらみつけてきた。
「え……っ?……萌黄……ちゃん?」
戸惑いつつ首をかしげると。
萌黄ちゃんは膝の上でギュッと拳を握り締め、
「昨日もお伝えしたはずです! ヒスイは……ヒスイは藤華様のお気に入りで、藤華様のものなんですから! ぜったい、ぜーーーったい、取らないでくださいねっ!?」
まるで私を牽制するように、トドメの一撃を食らわせた。




