疑惑解消?
「つまり、萌黄ちゃんが露草さんを怖いって思っちゃってるのは、心を読まれてるからなんでしょ?」
確認のために訊ねると、萌黄ちゃんは一瞬キョトンとした顔をしてから、ふるふると首を横に振った。
「えっ、違う? そーゆーことじゃないの?」
「そーゆーことじゃない、とゆーか……。本当に心を読まれているわけではない、とは思うんです。でも、あの……露草様にじーっと見つめられると、なんだか、えっと……ぜんぶわかってらっしゃるような……心を、まるはだかにされてしまっているような気が、して……。うまくご説明できないんですけど、そんな感じなんです」
あ、なーんだ。
実際に、心を読まれてるわけではなくて。
そんなような気分にさせられちゃう――ってだけの話なのね?
えーっと、つまり……。
露草さんに見つめられると、何故か萌黄ちゃんは〝心を見透かされているような気分に〟なっちゃうんだ?
だから、なんとなく『怖い』……ってことになるわけか。
「実際に読まれてるかどうかわからないってことは、思ってることをそのまんま言い当てられたとか、心の中でつぶやいたことを、露草さんが一字一句間違わずに言ってみせたとか……そーゆーことではないんだよね?」
「は、はい。そこまでのことは、さすがにございません……けど……」
「そっか。じゃあやっぱり、〝なんとなく、心を見透かされてるような気にさせられる〟ってだけなのね……」
う~ん……。
それじゃあ、露草さんが超能力者かどうかなんてことは、特に考えなくても大丈夫かな?
あくまで萌黄ちゃんの、なんとなーくな感想なんだもんね。
……あ。
でも一応、雪緋さんの意見も聞いておいた方がいいかな?
「ねえ、雪緋さんは? 露草さんに心読まれてるなーって感じるようなこと、今までにあった?」
「は?……わ、私でございますか?」
「うん、そう」
「わ、私は……露草様のお姿を拝見したことすらございません。ですので、そのような経験などあるはずもなく……」
「えっ、そーなの? 直接お会いしたことないんだ?」
「はい。露草様は帝のご正室でいらっしゃいますし、ご病気のため、室外にお出でになることもほとんどございませんので。私のような下賤な者がお姿を拝見する機会など、一生ございませんでしょう」
「そ……そーなんだ……」
そっかぁ……。
でも考えてみたら、私でさえ国にいた時は、『高貴なお方が、易々とお姿をさらすものではございません!』なんてことを、セバスチャンに言われてたくらいだし。
そりゃあ、帝のご正室であらせられる露草さんと雪緋さんが、お会いする機会なんてあるわけないか……。
不本意ながら納得し。
私達は風鳥殿(私が泊まらせていただいている部屋は、そう呼ばれているらしい。ついでに言っちゃうと、藤華さんのお住まいは月花殿だそうだ)までゆっくりと歩いた。
風鳥殿に着くと。
カイルが途方に暮れた様子で、廊下に立っていた。
私達に気付き、『姫さ――』と口に出したとたん、ハッとしたように背を向ける。
「カイ――……っじゃなかった。翡翠さん?」
目が合ったと思ったら百八十度回転してしまった彼に、首をかしげてしまったけど。
すぐに今朝の〝温泉でバッタリ〟事件を思い出し、私も一気に赤面してしまった。
「……リナリア姫様? どうかなさいましたか?」
「お顔が真っ赤に染まってらっしゃいますよ?」
雪緋さんと萌黄ちゃんに同時に訊ねられ、焦った私は、これでもかというくらい激しく首を振る。
「うっ、ううううんっ? なんでもないなんでもないなんでもないっ!――なんでもないのっ!」
「ひ、姫様っ?」
「そんなに振ったら、目が回ってしまいますよっ?」
――萌黄ちゃんの言う通り。
首振りをやめたと同時にクラっときて、私はよろよろと後退し、後ろにいた雪緋さんに倒れ込んだ。
「姫様っ!」
「もう! だから言ったじゃありませんか!」
心配しているような雪緋さんの声と、呆れたような萌黄ちゃんの声が重なる。
「あ、ありがとう雪緋さん。……もう大丈夫」
私は頭を押さえながら、背中を支えてくれている雪緋さんにお礼を言った。
チラリと、カイルの方を窺う。
彼はまだこちらに背中を向けていて、私もどう声を掛けたらいいのかわからず、しばらくモジモジしてしまっていた。
「リナリア姫殿下?……ヒスイも。あの……何かあったんですか?」
私とカイルを交互に見やり、萌黄ちゃんが怪しむように目を細める。
私は再び首を振って。
「なっ、なななななんにもないよっ?」
思いっきりどもりながら否定し、萌黄ちゃんの眉間のシワを、さらに深くさせてしまった。
私は彼女の視線から逃れるように上方を見つめると、
「あー、えーっとぉ……。あっ、そっか! もうお昼近いのか! カイ――っ、……翡翠さんと雪緋さん、護衛は交代制なんだったよねっ?」
パンと手を打ち、同意を求めて雪緋さんに視線を移す。
彼がうなずいてくれたので、私はホッと息をつき、
「え、と……。それじゃあ、ここまでどうもありがとう、雪緋さん。またゆうげの後でねっ?」
再び雪緋さんにお礼を伝え、『はい。それでは、私は失礼いたします』と言って去って行く彼を、片手を振って見送った。