不吉な知らせ
そろそろ夕食だなぁ……なんて思っていた、夕方のことだった。
セバスチャンが、血相を変えて私の部屋に飛び込んで来て、あることを告げた。
瞬間、目の前が真っ暗になり、寒くもないのに体が震えて来て、足元がふらついて……。
倒れそうになる寸前、私はアンナさんに抱き留められた。
「姫様! しっかりなさってくださいませ!」
すぐ側で言っているはずのアンナさんの声が、やけに遠くに聞こえる。
反応することが出来なかった私は、彼女の腕の中で、しばらく呆然としていた。
「姫様! お気を確かに!」
「姫様! 姫様っ!!」
みんなが口々に呼び掛けてくれて、心配そうに様子を窺ってくれて……。
それはわかってるんだけど、どうしても、言葉を返すことが出来なかった。
自分の心臓の音と、みんなの声と。
全てが頭の中で混ざり合って、騒々しいほど響いているのに。
目の前で置きている出来事が、どこか遠くのことに思えて――。
「……カイ――ル……」
空白の時間の後。
ようやくそれだけつぶやくと、私はアンナさんの腕の中で、意識を失った。
*****
次に私が目を覚ました時、もう翌日になっていた。
側には、セバスチャンやアンナさん、エレンさん、シリルや、オルブライト先生までがいて。
皆一様に、私の様子を気遣わしげに窺っていた。
セバスチャンに体調を訊ねられ、昨夜から何も食べてないからと、食事を勧められたけど。
私は無言のまま、ゆるゆると首を横に振った。
何かを口にする気になんて、とてもなれなかった。
昨夜――。
セバスチャンから、〝カイルが行方不明らしい〟という報告を受けた。
〝らしい〟と、話がハッキリしないのは。
今のところ、情報元が、カイルが宿泊していた宿屋の主からの手紙だけ、だからだそうだ。
宿屋の主の手紙には、以下のようなことが書かれていた。
『その騎士様は、私共の村と隣村とに架かっている、故障した橋の、補修工事を手伝ってくださっていました。とても熱心なお方で、工事に掛かりきりになっておられたためか、二日ほどは、宿にも戻られませんでした。三日目に、ようやくお戻りになられましたので、私が書状をお渡ししますと、その場で中身を確認なさいまして。その後、たいそう慌てたご様子で、荷物をおまとめになり、出て行ってしまわれました』
……手紙を確認した後、すぐ出て行ってしまった、ってことは……。
カイルは、手紙が届いてから、数日経ってしまっていると知って、慌てたんじゃないかな。
早く戻らなきゃって。返事を書いてる時間も惜しいって。
直接城に戻ろうって……判断したんじゃないのかな?
だから、すぐに荷物をまとめて、宿を出た。
『会いたい』っていう私の願いを、叶えてくれるために。
出来るだけ早く、この城へ、戻って来てくれるつもりだったんじゃないのかな……?
……なのに、彼はまだ戻らない。
宿を出てから、七日以上経ってるのに――。
セバスチャンに、宿のある辺りから、この城まで、どのくらい時間が掛るのか訊いたら。
だいたい、三日もあれば戻って来られる、って話だった。
だから……。
彼が、ここに戻って来てくれるつもりだったのなら。
もう、とっくに着いてるはずなんだ。
少なくとも、五日前辺りには、着いてなきゃおかしい。
だって、どんなにゆっくり歩いたって、ここまで三日だって言われてるんだよ?
それが、七日以上も掛かるなんて……。
おかしい。
やっぱり、どう考えてもおかしい!
カイルなら、私が会いたいって思ってるって知ったら、すぐに、どこからだって駆け付けてくれるはずだもの。
あちこち道草したり、必要以上にのんびり歩いて来るなんてこと、絶対にあり得ない!
……そう。あり得ない。
あり得るはずないんだから――!!
……だったら、どーして?
なんで、カイルは戻らないの?
数日前に着いてなきゃおかしいのに、どーしてここにいないのよ……?
「姫様……」
心配そうなセバスチャンの声で、我に返る。
いつの間にか、私の両目からは、幾粒もの涙が溢れて……ポロポロと頬を伝っていた。
周りにはみんながいて。
私のことを、心配そうに見守ってくれている。
――それがわかっているのに。
どうしても、涙を止めることが出来なかった。
もう……ヤダ。
不安で、胸が押し潰されそう。
信じたくなんかないのに。
嫌な予感ばかりが、ぐるぐると頭の中を回って、どうしていいかわからない。
もしかして、カイルに何かあったんじゃないかって。
事故や事件にでも、巻き込まれてしまったんじゃないかって。
そんな怖いことばかりが、次から次へと浮かんで来て……。
何度も何度も、『そんなワケない』『そんなはずがない』って、不吉な予感を打ち消そうとするけど。
どんなに強く跳ねのけても――撃たれても撃たれても、起き上がって来るゾンビみたいに、繰り返し繰り返しまとわりついて来て、離れてくれやしない。
「どーしよう……。カイルに何かあったら、私、どーすれば……」
堪え切れず、そんな言葉がこぼれ落ちた瞬間。
みんなが、ハッと息をのむのがわかった。