会いたい気持ち
これから始まる物語は、【桜咲く国の姫君】というお話の続編です。
そちらを未読の方には、意味がわからないと思いますので、まずは【桜咲く国の姫君】の読了をお勧めいたします。
――が、どうしてもこちらから読みたいとおっしゃる方のため、下記にあらすじを載せておきますので、ご参照ください。
【桜咲く国の姫君-あらすじ-】
神木桜は高校一年生。
幼い頃に一日だけ『神隠し』に遭い、それ以前の記憶を失くしてしまっていたが、周囲の人々に支えられ、平穏な日々を過ごしていた。
しかし、ある日のこと。
幼なじみの晃人と共に訪れた神社(神隠しに遭った場所)で、御神木の桜に取り込まれ、異世界へと飛ばされてしまう。
異世界で、桜は自分の正体がその国の第一王女リナリアであることを覚り、入れ替わりで日本へ飛ばされたのが、本当の桜なのだということを知る。
ショックを受けつつも、自分を優しく見守ってくれる人々の支えもあり、少しずつザックス王国に馴染んで行くリナリア。
そんな中で、彼女は自分が恋をしていることに気づくのだが、相手は二人いて――!?
恋とは無縁だった彼女は、大パニックを起こし、どちらに対する想いが本当の恋なのかと、悩み苦しむ。
彼女の心を知ってか知らずか、二人からの熱烈な求愛は、加速する一方で……。
大いに悩んだ末、彼女はようやく、自分が求めているのは誰なのかを知ることになるのだった。
――というところまでが、【桜咲く国の姫君】の、かなりざっくりとしたあらすじです。
そのお話のラストで、リナリアは、神様に二つの扉を示されます。
そして、『選んだ扉の先に、本当に好きな人との未来が待っている』というようなことを告げられ、どちらかの扉を開くのです。
次から始まる物語は、二つのうちの一つ、左側にあった扉の先にある、『カイルとリアの未来』を描いたお話です。
どうかその点をご理解の上、お読みくださいますようお願い申し上げます。
扉を開けたとたん。
オレンジ色の空が目に飛び込んできて、私はハッと息を呑んだ。
しみじみと見惚れずにはいられないような、濃く、美しい空の色。
地平線の先に、夕日がゆっくりと沈んで行く。
「ん?……夕日?」
そこで、ようやくおかしいことに気がついた。
セバスチャンとシリルに付き合ってもらって、私が神様に会いに来たのは……確か、お昼頃だったよね?
なのに、どうして夕焼け空?
私、半日近くも神様と話し込んでたの?
――ううん、そんなはずない。
神様と話してた時間は、数分か、せいぜい十数分くらい。
数時間も経ってたなんてこと、あるはずない。
「……まさか、桜の木の中だけ、時間がゆっくり流れてるとか?」
つぶやいた後、私は納得してうなずいた。
まあ、正確に言えば、納得まではしてなかったんだけど。
考えても答えが見つかりそうになかったから、早々に諦めたってのが、本当のところだ。
神様に訊けば、教えてくれたかもしれない。
だけど、もう……ここに彼はいないんだから、教えてもらえるワケないんだよね。
……なんだか、また泣けてきそうになっちゃった。
お別れしたばかりなもんだから、妙にセンチメンタルになっちゃってるのかな。
私は慌てて首を振り、気持ちを引き締めるため、片手でペチリと頬を叩いた。
ダメダメ、弱気になったりしちゃ!
神様は幸せになるために――桜さんに会うために、あっちの世界に行ったんだもの。
辛いお別れじゃないんだから、いつまでもメソメソしてちゃ、神様にだって申し訳ないでしょ!
自分に言い聞かせ、私はキッと前を向く。
綺麗な夕焼け空の下には、深い森が、地平線の方まで広がっている。
その中で一番高く、そして一番古いであろう桜の大木の幹の上に、今、私は立っていた。
そこから眺める景色の、なんと美しいことか。
一度ならず二度までも、ついつい見入ってしまったのがいけなかった。
私は足を踏み外し、見事に空中で半回転。頭が下の状態で落下した。
……でも、不思議なんだよね。
すごいスピードで落ちてるはずなのに、全然、そんな風には感じられなかったんだ。
何故かって言うと。
滞空時間が、異常なほどに長く感じられたから。
まるで、スローモーションの映像の中に、迷い込んでしまったみたいに。
……あ。
もしかして、これがあれなのかな?
えーっと……。
何ていう現象かは、忘れちゃったけど。
一流のスポーツ選手とかが、たまーに経験したりするっていう――……。
ほら、あの……周りが止まって見えたり、すごーくゆっくり動いてるように見えたりする、あの……。
あっ、そうそう!
〝ゾーン〟よ! ゾーンだわ!
私ったら、今、ゾーンを体験しちゃってるのね!?
……ん?
あ……違うか。
スポーツ選手が経験したりする〝ゾーン〟は、確か、メチャクチャ集中力を発揮してる時に起きる……んだっけ?
それに似た現象で、事故を起こしたり、危険を感じた時に起きる現象は、ゾーンとはまた別で。
もうちょっと、覚えにくい名前の現象だったような……?
ま、まあいっか。
現象名なんてわからなくても。
とにかく、ゾーンっぽい現象。
それを今、私は体験してるのね?
「――って、ノンキに考えてる場合じゃなーーーいッ!」
我に返り、私は落下しながら大声を上げた。
ゆっくりに思えようが、思えなかろうが。
落ちてる途中であることに、変わりはないんだから。
早く何とかしないと、死んじゃうわよ!
(――イヤ! まだ死にたくない! このまま死んじゃったら、カイルに会えなくなっちゃう!)
「……えっ? カイル?」
死んでしまうと思った瞬間。
脳裏をよぎったのは。
ギルでも、セバスチャンでも、お父様でもなく……。
「あぁ……そっか」
それで、ようやく気が付いた。
私が一番好きなのは、カイルだったんだって。
死ぬ前に、誰よりも会いたいと願った人。
私の、大切な人。
……そうか。彼だったんだ。
彼が――カイルが私の……。
しみじみ感じた時。
彼の笑顔が、鮮明に脳裏に浮かんだ。
そして、彼と出会ってから、彼が旅立つ前日までの記憶が。
次から次へと浮かんできては、脳内で、コマ送りのように再生される。
彼のことを想うだけで、胸が苦しくて、切なくて。
自然と、涙が溢れそうになって……。
(カイル……。カイルに会いたい!)
強く願った瞬間、
「ピギャッ!?」
聞き覚えのある声が、真下で響いた。
何か、柔らかいものの上に着地した――という、感覚はあった。
でも、それがセバスチャンの背中だということには、しばらく気付けぬまま。
私は彼を下敷きにして、しばらくボーッとしてしまっていた。
カイルに会いたい。カイルに会いたい。カイルに会いたい。
それだけしか、考えられなくなっていた。
カイルのはにかんだ笑顔が見たい。
切なげに『姫様』ってささやく、綺麗な声が聞きたい。
澄んだコバルトグリーンの瞳。騎士見習いとは思えないほど白く、繊細な指先。
その指で、私の頬に触れてほしい。
それから、ギュッって、強く抱き締めてほしい。
――会いたい。
カイルに会いたい!
今すぐ会いたい!!
ワガママなのはわかってる。
勝手だってわかってるけど、でも――っ、
私、あなたが好き!!
やっとわかったの!!
だからお願い!
早く帰ってきて――!?
自分の気持ちをハッキリと自覚したら、もう、ジッとなんてしていられない。
私はセバスチャンの上から慌てて起き上がった。
それから、シリルに手伝ってもらいながら、セバスチャンを抱き起こすと。
「セバスチャン、シリル! 早く戻ろう!」
早口で二人に告げた後、城目指して駆け出した。