「いってらっしゃい」
前時代の古びた集合住宅。管理人もおらず、棲んでいるのは俺と妹だけ。
その一室で、妹がいつものように朝食を用意してくれた。固くなったパンとスープだけの質素な食事だ。今どき肉体労働で得られる収入などたかが知れている。これでも妹は毎日工夫してくれている。
妹がぼろ布を改修して作ったカーテンが、強すぎる日差しを和らげて、食卓を淡く染める。それだけで豪勢な食卓に思えてくる。
それも今日が最後かもしれないと思うと、何やら感慨深い。だから俺は、普段と同じことを妹のユナに言った。
「わかってるだろうが、激しい運動するなよ。興奮するのもダメだからな」
「わかってるよ。お兄ちゃんこそ、ちゃんとするんだよ……って、心配ないか。お父さんとお母さんに会うんだもんね」
ユナは少し寂しそうに笑った。
俺たちの両親は、3年前にEDENへと迎え入れられ、それから一度も戻って来ない。その上俺までが向こうへ行く。妹は、一人ぼっちになってしまうのだ。
罪悪感でいっぱいの俺の顔を見て、ユナは言った。
「せっかく夢の都市へ行けるんだよ、楽しまなきゃ」
そう言って、ユナは俺の背中を押した。
身の回りの品は何一つ持ち込むことはできない――そう、カードには書かれていた。だから何も持って行かない。すべてこの崩れかけのボロ家に置いていく。
いつも仕事に行く時と同じ出で立ちの俺に、ユナは言った。
「いってらっしゃい、お兄ちゃん」
建付けの悪くなったドアが閉じると、もう、妹の声は聞こえなかった。




