18 おかえり、ただいま。②
アイネと手を繋ぎ、転移魔法を展開する。
目標地点は最も明確にイメージしやすい場所。正しく位置を掴めるところ。日本にある自分が住む家の二階。僕の部屋だ。
じわじわと転移魔法は目的地までの道筋を作っていくけれど、魔力の消費が思っていたよりもずっと多い。
まるで滝のように、ものすごい勢いでどばどばと流れていく。これはもしかしたら、魔力が足りないかもしれない。
僕一人でもアイネがいても、転移魔法で一番魔力が減るのは人数ではなく距離だ。流石に異世界ともなればこの膨大な魔力でも、難しいのだろうか。
けれど魔法を使っている真っ最中、ポーションを飲む余裕はまったくない。少しでも意識をそちらに逸らしたら、ここまで構築した魔法があっさりと崩れてしまいそうだ。
それほど異世界間の行き来は難しく、繊細だということだよね……。
かつて一度経験した、魔力切れの兆候が現れる。
けれど転移魔法の完了にはまだ魔力が足りないと感じる。全然足りていない。
僕の魔力は随分多いし、それを全部注ぎ込めば恐らく行けると思っていたけれど、それでもまだまだ足りないんだ。
「イヅル」
恐らく魔力切れで真っ青になっている僕の顔色を見て、アイネが心配そうに声を掛ける。
会いたい……。
アイネがいるこの世界にいたい。ここでずっと穏やかに暮らしていきたい。
でも、家族にも会いたい。
僕は随分、欲張りになった。
「その為に、すべてを手放しても?」
ふと、時間が止まったように感じた。
頭に響いたのは、ノヴァ様の声だ。
「……すべて……?」
「壱弦。お前は、ほとんどのことが出来る。それを出来るだけの魔力があるからだ。何でも作れるし、同じ世界ならばどんな場所でも一瞬で飛べる。何だって思うがまま。チート、というやつだな」
「ノヴァ様」
すべてをと言うから驚いた。けれど確かに、魔力さえあれば何でも大体出来てしまうのはチートだ。
それでももう僕の答えなんてわかっているだろうに、問い掛けてくるノヴァ様に思わず笑みがこぼれた。
「僕は穏やかに生活していければ、それで良いんです。試行錯誤しながらポーションを作って、のんびり辺境の街を歩いて……そういう時間が、好きだから」
だから何でも作れなくていいし、どこへでも行けなくてもいい。過ぎた力だ。
「……うむ。百点満点だ」
声しか聞こえないのに、不思議とノヴァ様は笑っているように感じた。
はっと気付いた時には、僕は——僕の部屋にいた。
懐かしさを感じる室内。見慣れていたはずだったベッドに机、椅子、本棚……こうして改めて見てみると、物が少ないなと思う。
僕が最後に出掛けた、修学旅行に行った日の朝のままだった。
「ここ……」
手を繋いでいた、アイネは隣にいた。無事に一緒に転移出来たようだ。
途中、声だけ聞こえたノヴァ様の姿は部屋にはない。それにアイネはノヴァ様の声には気付いていないようだった。
「僕の部屋だ」
「イヅルの?それじゃあ」
「うん。無事に転移出来たみたい」
「……イヅル、それは?」
アイネの視線が繋いだ手の方とは反対側の手に向いている。いつの間にか、魔石を持っていた。
「これ、ノヴァ様の魔石だ」
深い青の、ラピスラズリのような色合いの大きな魔石。何をしても何の反応も見られなかった魔石だったけど、今この魔石は『空っぽ』のように感じた。
もしかして足りなかった魔力が、ここから補われたのだろうか。
「……ひとまず、下に行ってみようか」
一階にあるリビングには、誰かいるかもしれない。
アイネの手を引いて階段を下りる。
リビングの方から話し声が聞こえる。……母さんかな?
「まあまあ、大変なところをありがとうね。ノヴァちゃん」
「うむ」
「おかわり食べる?」
「食べる」
「…………」
リビングにはオムライスを頬張るノヴァ様と、そんなノヴァ様をにこにこと見ている母さんがいた。何だこの状況。
と、母さんが僕に気付く。
「あら、壱弦。おかえり」
めちゃくちゃ普通に出迎えられた。
「ただいま……」
「壱弦。母君のオムライスは絶品だな。ポーションの味そのままだが、やはり本物は一味も二味も違う」
「ふふふ、照れるわ〜もっと腕によりをかけちゃう」
「何やってるんですか、ノヴァ様……」
口の横にケチャップをつけてそう脳天気に話すノヴァ様につっこみをいれてしまうのは、仕方のないことだと思う。
そしてこの状況にめちゃくちゃ馴染んでる母さんは何なんだろう。
「母さんは母さんで何してるの……」
「オムライスを作っているのよ〜」
ご機嫌である。いや、母さんが不機嫌なことなんて滅多にないけれど。
「ほら、壱弦もアイネちゃんもまずは座って。何をするにもまず腹ごしらえ、って言うじゃない」
「そうかなあ」
とはいえ、ノヴァ様が食事に夢中になっている以上、話は進まないだろう。
とりあえず、みんなでオムライスを食べることになった。




