11 バラ園のお茶会④
しばらくアイネと精霊さんが夢中になってお話していたから、僕とノヴァ様は芝生に寝転がってのんびりしていた。
本日はたいへんお昼寝日和だ。ポカポカ陽気がとても気持ち良い。
「ねえイヅル」
アイネが側に来てしゃがんだから、僕は起き上がって問い掛ける。
「どうしたの?」
「精霊様に、お菓子を作ってもいい?キッチンを借りたいの」
どうやらアイネと精霊さんの間で、そういう話が出たらしい。アイネの後ろで精霊さんがそわそわしている。
いや、でも断る理由は一切ないよね。快諾だ。
「うん、いいよ。材料も好きに使っていいし、足りないようなら買ってくるよ」
「ありがとう」
にっこり笑って、アイネは精霊さんに案内されながら家の中へと入っていった。
お菓子を作るのに必要な材料は、大体はあったと思う。果物を使うようなものを作るのなら、精霊さんが庭から持ってきてくれるだろうし、多分大丈夫だろう。
流石にアイネの家にあるような本格的なオーブンや豊富な調理器具なんかはないけど、ケーキを焼けるくらいのオーブンはあるしね。
現金なことに、大半の精霊さんがアイネについていった。みんな素直だなあ。
とはいえ僕も嬉しいし、何ならノヴァ様も楽しみにしている様子だ。
「ふむ、菓子か。それは良いかもしれんな。アイネの印は随分厄介なようだし」
「厄介……ですか?」
印、というのはあの透明な目のことだろう。けれど、厄介とは何だろう。
「なに、すぐにわかる。……そうだな、庭に精霊たちが育てていたイチゴがあったな。あれを持っていってやると良い。イチゴを使った菓子を多めに作ると良いぞ」
ノヴァ様のその言葉を聞いて、ここに残っていた精霊さんはすぐに飛んで行った。早い。
含みを持たせて話すノヴァ様は、どこか楽しげにも見える。
「嵐が来る」
どこか不穏を感じさせる発言に、少し緊張する。
しかしその後僕がノヴァ様に指示されたことは、バラ園でのお茶会の為のセッティングと紅茶の準備だった。
……なるほど、わからない。
庭の中でバラが集められている区画を、バラ園と呼んでいる。
精霊さんがせっせと育てたバラはどんどん数を増やし、バラ園と呼んでもいいほど立派なものになっているからだ。
色とりどりのバラに囲まれたそこには、バラの細工を施された白いテーブルと椅子がいつの間にか置かれていた。椅子は四脚あり、ぐるりとテーブルのまわりに置かれている。
バラ園まで来る途中に精霊さんに白いレースのテーブルクロスを手渡されたので、それをテーブルへ。セッティングとはこれのことか。
シワがないようにテーブルクロスを伸ばした後、花瓶を持ってきてテーブルの中央に置く。その花瓶には精霊さんにバラを貰って飾った。こうしておけば風で飛ばされないし、ちょっとお洒落に見えるだろう。
その後は紅茶の準備をして、アイネのお菓子作りを手伝った。
焼き上がりを待つ間や冷めるのを待つ間を使って、簡単に昼食を作って食べたりして、お茶会の準備が整ったのは三時のおやつに丁度良い時間だった。
お昼も少なめに食べたから、程よく小腹が空いている。
紅茶は、茶葉をいくつか準備した。
最初にいれたのはアールグレイのストレートティー。勿論好みでミルクや砂糖はご自由にだけど、とりあえず一杯目はお菓子の味に合うようにシンプルな味わいで、且つベルガモットの良い香りを楽しめるように。
他にもアッサム茶葉のミルクティーや、庭で採れた果物を使ったフルーツティーもいれられるように準備をしている。
バラ園に囲まれた庭で、ノヴァ様、僕、アイネと座り、空席が一つ。お菓子は生ケーキやアイスなどの冷たい方が美味しいもの以外は、テーブルに並べてある。
良く晴れていて、陽射しもポカポカ。実に気持ちの良い午後のひとときだ。
そしてアイネは色々な種類のお菓子を作ってくれていて、どれから食べるか非常に悩みどころだ。
それはノヴァ様も精霊さんも同じようで、テーブルの上のお菓子に視線を向けながらも、手を出せずにそわそわしている。
「紅茶、美味しいね」
隣に座るアイネがにっこりと微笑む。
いつもは眼鏡で見えない両目が見えるだけで、全然違って見える。感情がとてもわかりやすい。
「ありがとう。……お菓子、どれから食べようかすごく迷うよ」
「そうなの?」
「どれも美味しそうで」
「すぐなくなるわけじゃないし、全部食べればいいのよ」
くすくすと笑ったアイネは、スコーンをお皿にとって僕の前へと置いてくれた。お茶会をはじめる前に少し温め直したから、ほんわり湯気が出ている。
「クロテッドクリームも、良かったらつけて食べてね。ジャムもあるし」
「うん、ありがとう」
どれから食べようかものすごく迷っていたけど、アイネのお勧めなら間違いない。確かに、温かいうちに食べた方が良いだろう。
すると、ノヴァ様と精霊さんも一斉にスコーンへと手が伸びた。こんもりと山になっていたスコーンが、わずかな間にすっかり空になった。
勢いがすごすぎる。




