10 透明な傷を塞いで②
注文していた飲み物が届いた時に、ついでにケーキも頼む。
ケーキが来るまでの間はまさに根掘り葉掘りといった感じで、これまでのこと、というよりはほとんどアイネとのことを聞かれた。
とはいえ、話すことなんてあまりない。僕のステータスのことは念の為に伏せて話すと、辺境の街でのんびりポーション作りをしている時にアイネと会って、そのまま気が合って、くらいのものだ。平和に暮らしているから取り立てて事件もないし。
それからこの異世界において『三坂』『遠野』という苗字では少し目立つ。わかる人にはすぐに異世界人だとわかってしまうかもしれないので、お互い名前で呼び合うことになった。
三坂さんは柚さん、遠野さんはまどかさんだ。
僕もここで名乗る時は『イヅル』と言っているから、名前で呼ばれた方が良いだろう。
ケーキも届いてみんなでゆっくり食べた後には、ついに本題に入る。
僕のことはざっくり無事だと説明したから良しとして。
「柚さんとまどかさんは、どうして隣国の辺境の街に?」
僕も含めてだけど、クラスメイトは全員、魔王を倒してほしいという名目のもとで召喚されている。
実際は魔王様を中心とした魔族と人間は平和な状態だけど、召喚されたクラスメイトは少なくともあの国を出ない限りは、この情報を知ることはないだろう。
「壱弦くんがいなくなった後、残ったわたしたちの中でちょっと揉め事があったの」
口を開いたのは柚さんだ。その時のことを思い出しているのか、眉を顰めて静かに話しはじめる。
大人しい子だけど、説明するにはまどかさんよりも向いているのだろう。
「すぐにスキルのレベルを上げたり、体力とか魔力を上げる訓練がはじまったんだけど、わたしのスキルは細工師だから戦闘向きではなかったの。アクセサリーを作ったりとか、そういうことに向いているものだから。そういう子はわたし以外にも何人もいたんだけど……」
柚さんが少し、言い淀む。何となく想像はつくけれど。
「ひどいものだったわよ。あいつら本当に勇者とか聖女なわけ?ってくらい。国の方もあからさまに扱いに差をつけるから余計に助長して、今思い返しても腹立つ」
まどかさんがものすごく嫌そうな顔をしてそう話す。柚さんはそれを見て、苦笑いをした。
大変だったんだろうな、と思う。
今となっては、さっさと国外追放してくれてありがとう、という感じだ。
「それでね、しばらくしたら何となく……目的がわかれていったの」
「目的?」
こくりと頷いて、柚さんが説明を続けてくれる。
「一つは、魔王を倒しに行くグループ。もう一つは、あの国に残って日本に帰る方法を探すグループ。あとは、あの国から出て行こうっていうグループにわかれたの」
「あたしと柚は、勇者が旅立つって時にこっそりあの国を出てきたってわけ。他にもいるけど、それぞれ違うところに行ったの。やりたいことも違うしね」
なるほど。じゃあクラスメイトみんなで魔王様のところに向かったわけではないのか。
「それで、どこに行くにしてもまずお金を稼がないといけないから……あの国にいる間に作ってきたものを持ってきたから、それを売ろうと思ってここに来たの」
「あの細工、綺麗だった」
間髪入れずにアイネが褒める。余程気に入ったらしい。
柚さんはそれに照れたようで、少し頰を赤らめて笑った。
「ありがとう。まだまだ未熟だけど、こだわって作ったから嬉しい」
「ねえ、他にこのアクセサリーを売る場所がまだないのなら、うちで売れば良いよ」
「え?」
アイネの提案に柚さんは首を傾げる。アイネは話さないわけではないけど、時々主語が飛んだり話が飛んだりするからね。そこも可愛いんだけど。
「アイネの家はお店屋さんなんだ。薬草とかポーションとか、色々売ってる」
一応、さっと補足しておく。
あのお店でアクセサリー関係を見たことはなかったけど、アイネが売りたいというのなら恐らく良いのだろう。
「ええと、……良いの?正直、マルシェの売り上げだけで旅立つのはきつかったから、すごく嬉しいけど……」
「うん。これ、たぶん売れるから。可愛いし」
「ありがとう」
アイネと柚さんは、どうやら気が合うようだ。二人とも大人しい方だと思うのに、どんどん話が弾んでいく。




