4 思い立ったが吉日だよね⑥
「ねえ、イヅルって結界も張れる?話が漏れなくなって、姿も見えなくなる、誰も入ってこれないようなもの」
僕の涙腺が落ち着いた頃、ふとアイネがそう言った。
「うん、出来ると思う。この部屋に結界がいるの?」
「そう」
急にどうしたんだろう。
ひとまず、今僕とアイネがいるこの部屋を外界から遮断するイメージをする。何者の侵入も受け付けない。誰もここに気付かない。
うん、うまくいった。
「出来たよ」
「ありがとう」
アイネはにっこりと笑った。
それから瓶底のように分厚い眼鏡に手を掛けて、外した。
息を呑むほど、美しかった。
肌が白く美しいのはわかっていた。普段見える口元も桜色の唇は形も良く愛らしいなとも。
眼鏡を外したアイネは、まるで作りものの精巧な人形のようで。呼吸して生きていることが奇跡に思えるほどだった。
なんとなく、美人さんなのでは?とは思っていたけど、ただの美人さんどころの話じゃない。本当に形容しがたい。
整った顔立ちの中でも一際目を惹くのが、不思議な瞳だ。
「透明……?」
目の色が透明だなんて、有り得ないと思う。
けれどその色で表現することが最も相応しいように感じる。
繊細なガラス細工を光に翳した時のような、不思議な瞳。
「こんなのでも、目は普通に見えるの」
アイネが少し困ったように笑った。そうだ、ほぼずっと無言じゃないか。
「不思議だけど、綺麗だ。あと、想像以上に美人さんでびっくりしてる」
「ありがとう」
くすくすと笑うアイネの可愛さの破壊力がすごい。
これは本当、隠さないと危ない。色々と危ない。目の色のことがなくてもアイネは美人さんだ。
「この分厚い眼鏡は、妖精に攫われないようにしているのよ」
「妖精?」
聞き慣れない単語だ。物語としての妖精なら、気まぐれだとか悪戯好きだとか、そういう印象はあるけど。
「妖精は知ってる?」
「ううん。精霊ならわかるけど」
「精霊と妖精は違うわ。精霊は気に入った人間には懐いたり、祝福したりする、基本的には無害な……あらゆるところに存在するものなの。風とか水とか、自然のものね。妖精は自然のものじゃなくて、妖精っていう種族の生物なんだけど、気に入った人間を自分のものにしようとするの。攫ったり、閉じ込めたりして」
「なるほど」
つまり僕がイメージしている精霊と妖精は似ているけど、実際はまったく違う存在ということかな。とはいえ、この世界の妖精の姿は見たことがないから似ているかはわからないか。
「それで私は子供の頃に妖精に気に入られちゃって、攫われかけたの。妖精はお気に入りに印を付けるから、その時私の目の色はこうなった。結界とかがないところで素顔を晒して妖精に見つかると攫われるかもしれないから、この眼鏡のお世話になっているの。これ、家族しか知らない私の秘密ね」
「ものすごく大変じゃないか……」
「そうそう、大変なのよ」
アイネは軽い感じに笑って話しているけど、本当に大変なことだと思う。
魔力や魔法を、魔石という宝石のような石に注ぐことは出来る。結界魔法が使えなくても、それを使えば結界を一時的に使えるようにはなるけど、良いお値段がするはずだ。
とはいえ僕は魔石に関してはまだ入手したこともなければきちんと調べてもいない。
僕は結界が張れるし、そういうものも作れるかな?アイネが妖精に攫われないように。
「でもこの格好でいるとあんまり話し掛けられないから、結構気に入っているの」
「あ、そうなんだ」
「似合ってるでしょ」
アイネは分厚い眼鏡を再びかける。
目は見えなくなったけど、表情は不思議とよくわかる。アイネの感情は素朴で、素直で、そこが素敵だと思う。
ぼさっとした三つ編みも似合っていて、とても可愛らしいと思う。
「うん。可愛いよ」
「ありがとう。改めて、これからよろしくね。未来の旦那様」
「こちらこそ。これからよろしくね、未来のお嫁さん」
そう言って、笑い合う。
この可愛い恋人さんが満足するポーションを早めに作って、手料理のお礼をしよう。僕の異世界スローライフは、とても彩り鮮やかだ。