2.顔合わせ
数日後の休日、ガーランド夫人メアリーは再びグレース家の庭園を訪れた。今日は娘のクリスティーナが一緒、そして迎えるグレース公爵夫人の横には長男のフィリップが控えている。
「昨日の説明は分かっているわね、後は二人の親交を深めてちょうだい。」
「エリス様ありがとうございます。クリス、失礼のないようにね。」
「メアリー様邸内に支度してありますから、私達もお茶を楽しみましょう。」
母達は楽しそうにその場を離れ、庭のテーブルには不機嫌そうなフィリップと緊張で倒れそうなクリスティーナが残された。
王族との婚姻を避ける為に息子とクリスを婚約させたらどうか、と公爵夫人から申し出があった。王子王女の婚約者が確定したら、円満解消するという条件だ。期間限定とはいえ下級伯爵家の我が家とは家格が釣り合わないと母は断ったそうだが、公爵夫人に説得され本人達の顔合わせとなった。
婚姻関係の書類は中央教会が承認するので、王宮には止められない。
だがクリスは困惑していた。
(これで王室と関わらずに済むなら、とてもありがたいお話なのだけど…お母様が公爵夫人と親しいなんて知らなかった。フィリップ様は美形すぎるし、少しの間とはいえ地味な私に婚約者なんて務まるのかしら)
「名前は何だった?」
突然フィリップが口を開いた。先程公爵夫人から紹介された名を覚えていないらしい。
「クリスティーナ・ガーランドと申します。」
「苦肉の策とはいえ、こんな子供が婚約者となるとは…」
「……!」
クリスティーナは童顔で幼く見られることはある、だが2年前に社交界デビューも果たし、今年18になる。
「しばらくの我慢…か、絶対に俺に惚れるなよ」
「はあ?」
「婚約は本物だ、それで公爵家に嫁入りできると勘違いされたら困る。」
「分かりました」
クリスは静かに言い放つ。
「そうか」
「公爵家御令息がとても失礼な方だと分かりましたので、このお話はお断りいたします」
立ち上がりスカートの端を掴んで礼をすると、慌てて駆け寄ってきたフィリップに肩を押さえられる。
「座れ!」
「何故でしょうか?」
「まだ話は終わっていない」
彼も私を失礼な娘と思っただろうに、どうして引き留めるのか。
「この話を断ればお前も困るのだろう?」
「公爵家御令息のような有力候補ではありませんので、療養で領地に籠るか、家格の見合う方のお話を受けるなりするだけです」
「フィリップだ…御令息と連呼するな」
「はあ?」
「フィルでもかまわない、俺もクリスと呼ぶ。」
「嫌です」
「頑固なやつだ、どうすれば納得する?」
「謝ってください」
「……」
「では無理に私に拘る必要はないかと、どうぞ相応しいお相手と縁を結ばれてください」
再びクリスが立ち上がりかけると、フィリップがつぶやいた。
「…悪かった」
謝ってくると思わなかったクリスは動揺する。
「お互いに母親の顔をつぶしたくはないだろう、婚約は決行する」
「マザコン?」
「馬鹿、違う!」
公爵家のホールで母達と合流する。
「お話がはずんでいたようね、フィル」
「はい、しっかりとしたご令嬢で安心しました。」
「婚約者となるのだから、大事にするのよ。」
「もちろんです。また会えるのを楽しみにしてるよクリス。」
そう言って流れるような仕草で右手に口づけされ、クリスは固まるしかなかった。そんなクリスをみてフィリップはニヤリと笑った…悔しい。