2話 世界を巡る影
蒼く高い空、青く広がる水平線、
そこに一隻の船が走る。
その船は港に入り、桟橋に着く。
すると、
その船から、物凄い勢いで女が飛び出して行き、
港町を疾走する。
長い銀髪を振り乱し、真っ青な顔をして街道を爆走し、
その町の人々を騒がせた。
後に、港町の銀髪女と言う、怪談話しの元と成り、
世に広く知れ渡ることとなる。
その女、
容姿は整っており、美人の部類に、本来なら入るのだが、
振り乱す髪、形相、走り方、それが周囲を引かせる、
残念な女だった。
彼女は、港町をそのまま走り抜け、町の外まで来て、
召喚術式を発動させ、グリフォンを召喚し、その背に飛び乗り、
東の空へ飛び去った。
その遥か先、イストニア王国は、夜だった。
夜空の星々を横切る一条の火の玉、
東の山岳地帯に伸びて行きそのまま地に降りた。
そこは、イストニア王国の自治領シャウリン領であり、
その本拠地シャウリン山の東北に広がる秘境、
タバの森であった。
その火の玉は、森の木々を焼かず、草も焼かない、
やがて炎は収まり、そこには赤いローブの男が立っていた。
「結界を破って、この森に入ったのは誰だぁー!」
「だれだぁ〜!」
2匹、失礼、2人のフェアリーが、森の奥から現れた。
「久しぶりだな、チェニー、ファニー。」
ビクッ!
2人は硬直し、そのまま地に落ちた。
「カ、カ、カ、カクー」
「あわわわわわ」
2人は、目を白黒させ、その男を見上げていた。
「ジジィに用がある。ジジイを出せ。」
地に落ち、そのまま腰を抜かし、震える2人、
しっかりチェニーは、震えながら堪える。
「ダ、ダマリア様は、お留守にしています。」
「何処にいる?」
「ひぃ!」
「わ、私共には、それは分かりません。」
「ちっ、空振りか。」
「な、何か、お伝え事があれば、」
「無い!」
「ひぃ!!」
「びぇぇ〜ん!」
カクーは再び炎を纏い、
夜空に飛んでいった。
「えぇぇん!怖かったよぉ〜!」
「私も怖かったよぉ〜!」
抱き合う2人のフェアリーは、恐怖から解放されて、
泣きながらではあるが、安堵した。
余談ではあるが、2人のフェアリーの羽は、
蝶の様な形の羽である。
フェアリーの中では希少種に当たる。
このタイプは、魔力は高く、霊格も高いが、
力は弱く、飛ぶのも遅い。
つまり、生き残る者が少ない為、数が少ない希少種になるのだ。
また、
違った意味で希少種なのは、
鳥の様な羽の形を持つタイプで、
それは、力も強く、飛ぶのも最高に早く、おまけに魔力も強い、
更に、霊格に至ったは、最高位である。
しかし、繁殖力が弱く、数は、とても少ない。
普通、
多く見られるフェアリーは、羽の形がトンボの様であり、
力や、魔力は弱いものの、飛ぶのが得意で素早く、
ほぼ捕まる事ないので、数多く見られ、
一般的に見られるフェアリーは、このタイプで、
多くの人は、フェアリーと言えば、
これを、連想するのである。
チェニーとファニーは、ようやく泣き止み、
森の結界を張り直す作業を始めた。
そのタバの森の遥か遥か遥か西、
西海に座す、3つの大陸の最南、
赤道直下の凍る大地、南アトランティス。
故に、
その周りは、熱気と寒気がぶつかり合い、
天候は、荒れ狂う。
しかし、その中心は、寒気に満ち気圧は高く、
天は快晴で、その下に聳え立つゴッドマウンテンがあり、
その山頂に大神殿ある。
真っ白い巨大な大神殿の最上階、
神域に、
玉座の一段下の右端、主人から見て左端、
そこに置かれる豪華な長椅子に座す、
1人の黄金に光り輝く長い髪の美女が、
白銀のドレスを着て座っていた。
そこに、
玉座の前に、空間の壁を打ち砕き、
そこから玉座の主が現れた。
すると長椅子の美女は立ち上がり、その前に歩み寄り、
跪き頭を垂れた。
「お帰りなさいませシアン様。」
現れたのは、この大陸の主、氷河魔神シアンであった。
「レナか。」
金髪の美女レナは、シアン配下の長で、
神に限りなく近い精霊である。
「はい、ところでシアン様は、
どちらにいらしゃったのでしょうか。」
「白の聖女の様子見だ。」
「失礼しました。
こちらの方は、あの魔人が動きましたので、
私の部下の1人を、風の元に向かわせました。」
「そうか、ならば俺も動くとするか。」
そう言うと、目の前の空間を一瞬で凍結させ、
それを拳で叩き割ると、出来た空間の割れ目に、
歩いて入って行った。
やがて空間は復元力により元に戻った。
神域に残ったレナは、立ち上がり再び長椅子に座った。
イストニア王国の北西、滅びた国の荒野の向こう、
魔国バゼル、魔王の治める国。
今この国の兵は、ほぼ居なかった。
城兵を含め、僅かな兵のみである。
それは、
ほぼ全軍を持って、イストニア王国に侵攻した為であるが、
到達したのは2軍のみで、
1軍は、吸血鬼の国に阻まれ、本国への帰路にあった。
本来なら、魔王討伐の絶好チャンスなのだが、
周辺の国も、またそれ以外の国も動かなかった。
魔王を恐れた為である。
「デス・テーロスが、敗れた様だな。」
「はっ魔王様。
吸血鬼の国に阻まれたそうでございます。」
「奴に伝えよ。
氷河魔神が、向かっている。
戦うな、と。」
「はっ、魔王様。」
スキンヘッドの側近は、急ぎ玉座の間を後にした。
「さて、天才の弟弟子は、な何故動いた、、」
静かに呟く魔王の表情は、暗かった。
魔王の配下、イストニア王国侵攻軍大将ゼガホーンは、
イストニア王宮の玉座にいた。
「ゼガホーン様!トロール兵敗走して帰還しました!」
「よし!次の遊撃隊を出撃させろ!」
「ゼガホーンよ。
この手応えのなさ、やはり、、」
「うむ、城門を開け広げた曲者は、
いないか、」
「或は、動けない状況にある。」
ゼガホーンの傍らにいる、ダーク・フルキスが答えた。
その曲者は、
高い天井の、大きな牢獄で、
囚われの身であった。
メーリン・グランダード・イース、
今は先王にスホミュラの名を賜り、
スホミュラ・グランダード・イースと呼ばれる、
イストニア王国の姫である。
彼女は、
ただ城門を開け広げるだけの簡単な計略を用いて、
魔王軍の侵攻を4時間以上足止めした、
張本人であった。
「すみません姫様、私たちのために、こんな目に合わせて、」
「良いのですミモザ、貴方を守る為ならば、
こんな事何でも有りません。」
ミモザは、南町の顔役的存在の宿屋の女将で、中年の婦人である。
彼女は、メーリンの赤子の時から知っており、
訳あり貴族の娘だとは思っていたが、
王国の姫だとは思っていなかったので、
真相を知って大いに喜んだ1人である。
ただ、
メーリンことスホミュラ姫に、魔王軍襲来の時、
一部の貴族が、南町の住人、彼らが言う貧民街の住人を、
生け贄にしようと、街道を封鎖してしまい、
混乱した住人を、なだめ最短ルートに導き、
南町からの脱出を助けてもらい、
無事北門からの脱出を成し遂げ、
多くの住人は、北の森に避難したのだが、
この混乱に乗じた盗賊団が現れ、襲って来たので、
スホミュラ隊が、防戦した。
その際、逃げ遅れた数名の民が人質となり、
人質の無事を条件に、自ら人質になった事が、
ミモザには、自分達の責と感じているのだ。
ただ、メーリンは、逆で、
自分のせいで民達を巻き込んだと、考えていた。
この騒ぎは、初めからメーリンを狙った策謀で、
餌として、南町の住人が選ばれ、
北門付近に、盗賊団が配置されたと考えていた。
そして、
これが、王位継承権争いの一部だと、
ただ、2人の兄では無いとも思っていた。
恐らくは、どちらかの王子を王にする事で得られる利権が、
自分が居る事で、邪魔になると考えた、
何者かが行った謀略だと感じていた。
メーリンは、行った事は無いが、
母の実家、グランダード家は、下級貴族で、
生活も農民とそう変わらないものだったが、
領民の生活は豊かで、善政を行う家であった。
地方の下級貴族の娘と、言う貴族達は、
存在自体許せない者も、居るのかもしれないと結論している。
ただ、それを口にする事は無いので、
捕まった数名の民達は、申し訳なく思っているのだ。
とは言え、
その様な事を言う訳にもいかないので、
言葉を選んで、気にする必要は無い、と言うだけである。
「本当に気にする必要は無いのです。
此処が何処か判れば、すぐに皆を連れて、
脱出するのですが。」
「姫さま。」
メーリン1人なら、脱出は簡単だが、
彼女達を連れてとなると、
怪我人、或は死者が出るかも知れない、
状況によってだが。
それ故、状況把握が、どうしても必要になるのだ。
それに、
王宮で、いにしえの大魔導師の言葉の意味を考えていた。
貴方は、虜囚になる、と、
そして、
貴方を助ける者、少年と少女、
実際、言われた通り、虜囚になっている。
ならば、
助けも来る?
今は、状況を見る事にした方が賢明ではないか?
メーリンは、思案を、その小さな頭の中で、
表情は微笑みのまま、巡らしていた。
同じ夜、
夜のモーゴタウンに、
町の東側から、赤いローブの男が現れた。
また、赤い鎧の女騎士も同じ頃町の西から入って来た。
夜空は晴れ、月明かりの良い日だった。
町より北西に離れた、東西に伸びる街道を、
西に向かって、音も無く走る集団がいた。
その者達は、
遥か東、大陸の終わり、その海を越えた龍の形をした島から来た、
シノビと呼ばれる集団で、
20名ほどの集団は手練れで、忍びの国の強者達であった。
目的は、
魔王に与えられた任務の為で、
彼らは、大金で傭われていた。
その中に、1人少年がいた。
彼は、
世界を股に掛け活躍する上忍の兄に憧れ、
今回の遠征に雑用ながら参加した。
だが彼は知らなかった、
間もなく自分達が、全滅する事を。
その時は来た。
突然、前方の空間が砕け散り、
中から、その者が現れた。
その者、風貌、出立ち、
まるで、
神話の時代の神々の様であった。
対峙した集団は、
即座に散開し、攻撃を始めていた。
相手は、まるで微風を受けるように、
動ぜず、歩いて近づいて来る。
「な、何者!」
その者は、普段名乗る事は、無いのだが、
その日は珍しく、答えたのだ。
「我が名は、
氷河魔神シアン、
創造と死の試練を、司る者。」
氷河魔神より噴き出る力に、圧倒され、
その冷気に耐えられず、
忍び達は、次々と倒れて行った。
少年は、その光景目にして、倒れた。
こうして、忍びの集団は、全滅した。
これらは、
ドリファンの知らないところで、動いていた。
2話 完