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俺の推しは、俺を推しません

作者: 初音

 〜1俺のポジション〜


 俺は蝦夷山太一(えぞやまたいち)。この私立北嶺館(ほくれいかん)高校の3年生だ。俺の朝はいつも女子たちの高い(時折耳障りな程の)声と共に始まる。


「今日もかっこいいー。新しい髪型もすごいいいー」


 休み時間はいつも他のクラスの女子たちが、俺を覗きにドアの周りに溢れている。

 かっこいい、素敵、話したい、デートしたい。思春期男子には大変ありがたいお言葉ではあるが、それは全て廊下の遠くの方から聞こえてくるだけだ。


 この中高一貫の学校に入学して早5年。家族を除き、養護教諭の伊達先生(先月孫が産まれたばかりの新米おばあちゃん)以外、女性とはまともに会話をしていない。

 そうなのだ。

 あれだけキャーキャー騒ぐ癖に、誰も直接俺に話しかけてこないのだ!


「いま、こっち見た!やだー、サイコー!今日はこれだけで白米何杯でもいけるわ!」

「ずるい、恵子ずるいよ!あの方の視界に入るなんて、規則違反なんじゃないの!?」


 最近気づいたのだが、俺は知らぬ間に偶像化され、女子たちみんなの共有物になっていたようだ。


 抜け駆け禁止。


 そんなルールが女子たちの中で出来上がったらしい。

 これは罰ゲームを受けているのだろうか。

 女子の誰からも話掛けてもらえないのだから、新しい時代のイジメなのかとさえ思える。


 なら自分から話かければ良い?それはそれで…。


 無理!


 ミラクルスーパーシャイボーイ陰キャオタク気質だから。


 自分で言うのもアレだが、もしかしたら少しかっこいいかもしれないし、頭も良いかもしれない。背だって高いし、運動は割と得意なほうだ。でも話すと台無しになってしまう。

 このハリボテが崩れないように、あと少しみんなの偶像物でいる方がよっぽど良い学生生活になるだろう。


 俺は学園中の女子たちのナンバー1推しメンなのだから。



 〜2謎の女子登場〜


「おい。太一!」


 いてっ。教科書で頭を叩いてきたコイツは、幼馴染の千歳(ちとせ)亮太。産まれた時から家が隣同士で、親同士も仲が良い。人生で1番長く一緒に過ごしているヤツだ。


「お前さ、ほんとモテるよな。なんで彼女作らないわけ?好きなヤツいないの?あんなに毎日キャーキャー言われてたら、誰かいるだろー。つか、羨ましすぎてひねり潰したいわ」


「ひねり潰すって。あ。いや、俺全然話せないから、女子と。あの子たちも話しかけてこないし。近寄ってもこないからな。正直顔もしっかり見た事ないから、好きとかそんな感情も湧かねーわ」


「モテ過ぎるとそうなるのかねぇ。良くわかんねーけど。俺ならとりあえず曜日決めて彼女作るね」


「鬼畜ー。出ました亮太くんの鬼畜発言。酷いなあ。俺は女子たちにそんな酷いことはできませんよ」


「まあ、人数稼ぎたいわけじゃないからな。なんかこうバコーン!とタイプの女子が現れたらお前も行動起こすのかもな」


「うーん。そうなのかなあ。バコーンとなあ…」


 授業が終わり駅に向かう中、亮太は自身の恋愛観を語ってくる。男の俺からみると、亮太はかなりガタイもいいし、力持ちだし、優しいし、性格も穏やかで、良い父親になるタイプだと思う。あ、あと、コミュニケーション能力がハンパない。

 しかし、モテない。自他共に認めるモテなさ。推されなさ。

 いったい何が原因なのか。


「要するにさ、俺はブサイクでお前はかっこいいわけよ」


「かっこよくはないけど、俺は亮太のことスゲーいいお父さんになれるタイプだと思ってるよ」


「はあ?さりげなくかっこよくないって言うなや!しかもお父さんになるには、俺のかわいいベイビーを産んでくれるおなごが必要なんじゃ!わかったかこの野郎!」


 くだらない話で盛り上がりながら駅まで歩くと、なんだかいつもと違う慌しさがあった。


「なんかあったかな?」


 争い事、面倒事には巻き込まれたくない俺と亮太は、何かの野次馬集団を遠巻きに見ながら改札を通ろうとした。


「蝦夷山太一!助けて!」


 野次馬集団の更に内側、つまり何らかの事件の当事者と思われる人物からフルネームで呼ばれた。


「誰よ?」


 亮太もわからないようだ。しかし、名前を呼ばれた以上、全く無関係の人間ではなくなってしまった。


「は、はい。蝦夷山ですけど」


 しかたなく呼ばれた方に体を向け、返事を返すと、そこにはサラリーマン風の中年男性と北嶺館の制服を着た女子がいた。


「ねえ。あんた、北嶺館の蝦夷山くんだよね?この人痴漢なの。ちょっと取り押さえてくれない?」


「は?俺が?いや。いま駅員さん呼ぶから」


「いいから。早く。コイツ、力強すぎて。キャッ」


 馬乗りで押さえつけていた彼女は痴漢が取り出したカッターに驚いて地面に尻餅をついてしまった。怯んだ隙に痴漢は逃げようとしたが、駅員さんと警官が一歩早く痴漢を捕まえていた。

 俺と亮太は慌てて女の子に駆け寄った。


「ちょっと!もう少し早く来てよ。野次馬はただ見てるだけだし、1番動いてくれると思ったのに!」


 突然の出来事に呆然としてしまった。目の前で犯罪が起こり逮捕の瞬間を見たから。いやそれもそうなのだが、普通に女の子と話せた事。話せた…。怒鳴られた?何というか未体験の事が一瞬にして積み上がったのだ。


「ご。ごめんなさい。俺。咄嗟に動けなくて。身体大丈夫?怪我してない?」


「してないわよ!してたらこんなに話せないわ!」


「君さ、ちょっと興奮してるのもわかるけど、初対面の人にそんな態度はなくない?」


 横で見ていた亮太が口を挟む。


「わたし、あなたにはお願いしてないわ」


 普段は温厚な亮太も半ギレ状態。


「そうかよ。わかったわかった。じゃ、俺は帰るから、じゃあまた明日な太一」


 謎の女子と2人きりになった途端、俺のスーパーミラクルシャイボーイ(略)が発動した。流れる沈黙。


「おーい。大丈夫かい?少しあっちで休もう。落ち着いたらお話し聞かせてもらえるかな?」


 近寄ってきた警官が声を掛けた。女性の警官も一緒だから彼女ももう大丈夫だろう。


「た、た、立てないの」


「え?」


「足が。震えちゃって。ち、力が入らないの…」


 弱々しく声を発した彼女は、先程の態度とは大きく変わって、寒がりの小動物の様に震えていた。よく見ると大きな丸い目に涙をたくさんためて、長いまつ毛がしっとり濡れていた。



『きゅーんっ………!!』



 初恋は胸がキュンとなるなんて良く言うが、いま心臓の音が聞こえるなら間違いなくキュンキュンキュインキュイン鳴ってるだろう。


 俺の胸キュンセンサーは敏感に反応したようだ。


「だ、大丈夫?」


 何とか彼女を支えて起こし、駅員室まで一緒に行った。彼女はずっと震えながら警官に事の顛末を伝えていた。

 俺は男だからあまり考えたことがなかったけど、知らない男から体を触られて、最終的にカッターを向けられるなんて恐ろしすぎる。しばらくは震える彼女の横で話を聞いていたが、途中で退席してほしいと警官に言われたので部屋を出た。

 さて、どうしたら良いものか。彼女を待つべきか、待たぬべきか。まあ、待っても間違いなく話せないのだが。

 俺はそう思ってそのまま家路を急いだ。


「まあ、明日には会えるでしょ」


 名前も知らない女の子をもっと知りたいと思った1日になった。



 〜3転校生〜


「太一!昨日大丈夫だったか?あの変な女」


「あ、ああ。大丈夫大丈夫」


「んー?お前なんかあっただろ」


「いや、ない。ない。むしろ有ればよかったのに、何もない」


 謎の言い訳で適当に亮太をあしらい教室に入ると、また女子がキャーキャー言い出した。ああ、あの子はキャーキャー一派にはいないのだろうかとぼんやり考えていた。


 予鈴と同時に担任と女の子が入ってきた。


「うわあああ!」


 ビックリして声を上げてしまった。


「あ、蝦夷山太一!」


「おー。蝦夷山くんと知り合いだったのか。それはちょうど良かった。みんなには今から紹介する。えー、今日から姉妹校の北嶺館第一高校から転入することになった、松前優里(まつまえゆうり)さんだ。みんな仲良くするように。まあ最初だから、砂川くん。ちょっと君に席あけてもらってだな。蝦夷山くんの横に松前さん座って下さい。砂川くんは1つ後ろずれてもらおう」


 とんでもない事が起こった。彼女は転校生だったのだ。あんなに普通に、いやあんなに強引に話かけてくるなんて、この学校の女子ではあり得ないと思っていたが。いやちょっと待て。これ、まずくないか?女子の抜け駆け禁止をいきなり破ってるけど、みんなどんな顔してるんだ…。俺が心配することではないけど。というか、何故俺を知っていたんだ…?


 周りを見渡すと、クラスの女子は松前さんをガン見している。それはそうだ。俺に話しかける女子は今までいなかったのに、いきなり呼び捨てだ。

 トラブルにならなきゃいいけど…。


「同じクラスだったんだな。やー、よかったよかった。知ってるやついると安心するよな!ほんと昨日は助かったよ」


 ん?なんだろう、あのうるうる涙目で震えていたうさぎはどこへ行ったんだろう。これは最初の印象と同じじゃないか!圧がある話し方!


「あの、あああ、松前さん」


 究極に吃ってしまった。


「昨日は大変だったね。あの、ところでさ、なんで俺のこと知っ…」


「ねー、わたしこの街に住むの初めてなの。よろしくね。あ、君も本町ってとこなの?わたしもー、おうち近そうだね」


 松前さんは俺の話は全く聞かず、後ろにずれてくれた砂川に話しかけていた。



 休み時間に入って早速松前さんは女子たちに呼び出されていた。これだから女子って怖い。いつもより廊下が騒がしい。


「だーかーらー、蝦夷山くんはみんなのものだから。話しかけるのは禁止なの。特別仲良くしちゃだめなの。誰のものにもならないアイドルなんだから!」


 俺、誰のものにもなっちゃダメなのか。知らなかったー。松前さんも転校早々色んな目にあって大変だなあ。


「なんで?蝦夷山くんが誰のものにもならない宣言でもしたの?」


「はあ?そんなこと言わないわよ。蝦夷山くんは無口なクールボーイなんだからあ。我々は拝めるだけで十分じゃない。これは全学年全女子共通の決まりなの。絶対に仲良くしないでよ!」


「アホくさあ。なにそれ。まあ私は興味がないので別に構わないけど。あなたたちのやり方に納得してるわけじゃないからね。ただ、興味がないだけよ!」


 あれ、いま、なんか聞こえたけど。

 すごいなんか俺嫌われてる?興味ないって嫌いって言われるより辛辣!まあ女子に囲まれたらそう否定的な答えじゃないと、自分がやられるかもって思ったりするよな。これこそイジメじゃねーか。なんだかモヤモヤするな、でも、俺も軽くダメージ食らってるよな。とりあえず女子こえー。



 〜4偶像化したい気持ち〜



「あのさ、松前さん。なんで俺のこと知ってたの?」


 不思議だ。松前さんにはそんなに緊張せずに話しかけられる。10回のうち6回くらいは吃るけど。そして10回のうち10回は無視されてるけど。


「ね。聞こえてるよね?松前さん!」


 少しボリュームを上げた声に、斜め前の女子が振り返る。そして何やらゴソゴソと手紙らしきものを書いて、転校初日に松前さんを指導(?)していた女子に回している。ああ、なるほど。女子って面倒だな。律儀に松前さんは俺と話さない約束を守っていたのか。


 その後数日間はなんの会話もなく、松前さんが女子から呼び出されることもなく、今までと変わらず過ぎていった。ところが今日の授業中、すっ…と机の上に隣から手が出てきて、小さな紙が1枚クシャッと置かれた。


『前の学校でも有名だったから知ってただけ。わたしの友達もあんたに会いたがってたから。昔会ったことあるとか、バイト先でずっと見てましたとか、少女漫画にありそうな設定は何一つない』

 

 隣の松前さんを見ると授業に集中しているようだ。ああ、そうですか。特に関係はないと。そうですよね、何か繋がりがあったらそんなに刺々しい態度とらなさそうだしね。砂川には普通に話しかけてたし。なんだよ、今まで全女子が俺に夢中だったのに。1人増えた女子はリアルに俺に興味ないじゃん。俺は結構気になっているのに。今のところ唯一話しかけられる女子だし(一方通行だけど)。普段はぴょんぴょん動き回って強気な感じなのに、寂しくなると死んじゃううさぎみたいな感じだし。いや、うさぎが本当に死ぬのかは知らんけど。要は半分以上俺の妄想だ。全然本当の松前さんを知らないからな。

 ああ、そうか。

 周りで騒いでる女子たちもこんな感じなのか。遠くで騒いでる方が、自分達の好きなように俺を妄想できるよな。本当の俺を知らなくてもみんなで楽しめてるようだし。外側だけ見て夢中になって、中身は自分の頭の中で作ればいいんだ。


 しかし!俺はそれだけじゃ足りない。ノートを少し小さく丁寧に切り取り、メッセージを書いて隣の机に置いた。


 『あの日から松前さんは俺の推しです』


 「…キッモ」


 小さな声で呟かれたのはもう気にしない。推し本人に直接アピールする!少しこじらせてる俺は新しい学校生活の楽しみ方を知ったのだ。松前さん推しのNo.1を目指す!



〜5推されつつ推しつつ〜


「聞いた?あの方ったら転校生に興味持ってるみたい」


「えー?信じられない。私たちがいるのに?きっと転校生が迫ってその気にさせたんじゃない?かわいそう、蝦夷山くん!」


「わたしは転校生が嫌がる蝦夷山くんに無理矢理抱きついたって聞いたよ」


「わたしは蝦夷山くんちに転校生が忍び込んで…」


「ストップストップ!何なの、陰でごちゃごちゃと。わたしがなんだって?」


「やだ、聞こえてた?ごめんねー。聞こえないように話してたつもりだったんだけど」

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