【短編】イントネーション
「違うんだよなあ」
パパはそう言いながら、しかめっ面をしていた。
なんのこと、と問う前に、パパはママが作った夕食を突っついてた箸を私に向けて、
「イントネーションだよ、イントネーション」
またか。
パパはつい最近までアナウンサーのお仕事をしていて、お仕事を辞めた今でもこういう注意をしてくる。ママは、最初は「パパは凄いんだよぉ」と嬉しそうに話していたが、今は多分、私とおんなじ顔をしていると思う。
今の言葉。今の言葉のイントネーションはなあ。…だぁから、違うって!そうじゃなくて…はあ。お前、本当に俺の子か?
「何とちがうの」
私がそうたずねると、パパはいっしゅん固まって、ママはひゅっと息を呑んだ。
ああ、やってしまったんだ。
でも私は止まらない。もちろんパパも、止まらない。お酒を呑んだパパは、さびて動かなかった列車が油を与えられたように滑走する。
「標準語だよ」
「ひょうじゅんって?」
「東京だよ!ここ!俺たちだ今いる場所だよ!」
「じゃあ、大阪の人は、大阪のことを標準って、言わないの?」
どうして大阪という地名が出てきたのかわからない。ああ、多分、隣のクラスの転校生がそこの出身だからか。彼はなんの躊躇いもなく、「せやねん」「なんでやねん」と笑う。
彼の表情は、私みたく、喋る前に考えるような仕草がない。
どうしたら私もそうなれるんだろう。
もう一度、何と違うの、と言う前に、頬が熱を帯びた。ばちん、という容赦のない音。
叩かれたことに気づくのに、とても、とても時間がかかった。
パパは「もう今日は寝る」と箸を放り投げ、ママは声を詰まらせ、私は泣いた。
わんわん泣いた。
パパに叩かれた、ということより、パパは自分の模範解答から漏れた人を平気で打つ人間なんだと気付かされて、それがどうしようもなく悲しかった。
ママが私を強く抱きしめ、ようやく口を開いた。
「あかんな。もう、あかんよな」
そういうママのイントネーションは、誰よりも優しく、そしてどこか彼に似ていた。
当小説を読んでいただき、ありがとうございます。
本好きの猫です。
まだ何もかも始めたばかりですが、これから頑張って物語を紡いでいきますので、よろしくお願いします。