聖女、絶対温泉感覚に目覚める
なんだ?
一体何なのだ、この文字の羅列は。
まるで天然温泉の成分表じゃないか。
いや、温泉の成分表そのものだ。
まさか――この温泉の成分表か?
「お、おいコノヨ! なんだこのステータスは!? お前、一体何のスキルを使った!?」
「え? スキル?」
ハイゼンは虚空に現れたステータスウインドウを見て言った。
「その人間がひとつ以上は保有する固有の能力のことだ。その人間個人に備わる才能や技術――つまりそういうものだな」
「才能? 技術?」
え? 私にそんなものがあるの?
私は思わず真剣にそう訊ね返そうとしてしまった。
社会人になってから一度も褒められたことのない部分だった。
ごくごく平凡で、何の才能も取り柄もないOL。
そんな無個性の塊が私なのだと思っていたのに。
ハイゼンは興奮気味に言った。
「お前、聖なる癒やしの魔力はないのに、スキルは持っているのか。異世界人なのに何故だ? それにしても、このスキルは一体――?」
その言葉に、私は水面に写った私の顔を見た。
湯に触れただけですべてわかるのか?
試しに、温泉から手を引き抜いた。
途端に成分表は、虚空に溶けるようにして消えた。
そしてまた温泉に手を浸けると、ずらりと一覧が現れる。
湯に触れただけで、この温泉の適応症の全てがわかったのか――。
「《絶対温泉感覚》――」
私は頭の中に繋がった情報を、思わず呟いていた。
「は? なんだ?」
「略して《絶対温感》、それでいいや」
「ぜ、絶対温感スキルだと……!?」
そう、絶対温感。
私はこの能力をそう名づけるとしよう。
突如発動した自分の才能に興奮しながらも、私は虚空に浮かぶ【適応症】の中の一文に目を奪われた。
『疲労回復』――。
今の私は疲労とストレスの塊だ。
ならば――この温泉に浸かれば、どうなるだろう。
確かめるにはひとつの方法しかない。
私は王城から与えられた袋を背中から降ろし、中を探った。
王城からせめてもの慈悲と与えられた、就寝用の大きめのタオルケットである。
私は汗と泥で汚れたスーツのボタンを外し、服を脱いだ。
突如服を脱ぎだした私を見て、ハイゼンがぎょっと目を瞠った。
「うわ!? こ、コノヨ! 何をしている!?」
「何って、温泉に入るんだよ……! これは期待できそう……!」
そう言った私に、ハイゼンが正気を疑うような顔で叫んだ。
「な、何言ってるんだ!? こんな不潔な野水に入るなんて! 文明人のやることか!」
「今の私たちよりもこの温泉のほうがよっぽど清潔だよ! 汗と涙でヌタヌタだしね!」
「わああやめろ! 嫁入り前の女が人前で素っ裸になる気か! オイ、いい加減にしないと全部目撃するぞ……」
「ちょっとアンタいつまでガン見してんのよ! あっち向けあっちを!」
一喝すると、ハイゼンは慌てて回れ右をして後ろを向いた。
無事全裸になった私は、タオルケットを体に巻き付け、臆することなく全身をお湯に預けた。
つま先を差し入れた瞬間、全身に電撃が走った。
「き」
ぶるり、と、体が震えた。
「気持ちいい……!」
嘘ではなく、ガクガクと身体が震えた。
この疲労の塊になった身体で温泉に浸かる快感は――想像以上であった。
一秒ごとに疲れが湯に溶けていくようだった。
一秒ごとに嫌な気持ちが温められ、解され、亜空間に消えてゆくようだった。
「面白そう!」
「続きが気になる!」
「温泉行きたい!」
「ひなびた湯治宿大好き!」
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