聖女、チートスキルが開花する
繰り返しになるけれど――。
私、木吉小乃夜は、二十七歳のオタOL、そして、温泉大好きなOLだ。
元々、生まれ育ちが温泉の豊富な北国だったこともある。
両親の趣味が温泉巡りで、必然的にそれにつきあわされていたこともある。
この小心で傷つきやすいナイーヴな性格故に、昔から癒やされたいという欲求が強い人間だったことも――大いにある。
そんなわけで、私は物心つく前から両親に連れられて、全国津々浦々の温泉に浸かってきた。
その性分は大学を卒業し、社会人になっても変わらなかった。
いやむしろ、日々繰り返される社会人としての激務の中で、その傾向はいや増したと言ってもいい。
癒やされたい――心からそう願う私の人生にささやかな春を約束してくれるもの。
肉体と精神の疲労からの解放を約束する魅惑の楽園――それが私にとっての温泉だった。
少ない休日のほとんどはオタ活動、もしくは温泉めぐり。
それが私、木吉小乃夜という人間の全てであった。
水面に手を浸したまま動かない私に、ハイゼンが遠慮がちに声をかけてきた。
「コノヨ、お前一体――何をしているんだ?」
「ハイゼン、ほら! ちょっとこれに手を浸してみ? すっごく気持ちいいよ!」
「は? み、水に手を浸すだと? え、えぇ……不潔ぅ……!」
ハイゼンは大げさに顔をしかめる。
その顔の見た目通り、なかなかの潔癖症らしい。
「いいからやってみろって。ほら」
「そ、そこまで言うなら……」
ハイゼンがおそるおそる、水たまりに手を浸ける。
その途端、ハイゼンの顔がはっと目を見開き、水面を見て奇妙な表情を浮かべた。
「な、何だこの泉は……水が温かい……?」
「いかがかね。これが温泉よ」
「それにちょっと黄色くて変な匂いがする……コノヨ、まさか小便では?」
「おい最低の勘違いすんな殺すぞ」
まぁ、温泉という概念がない世界では仕方がないことなのかも知れない。
私は鼻高々で説明した。
「これは火山活動とかで温められた地下水が湧き出してるんだよ。だから硫黄の匂いがするでしょ? 身体にすっごくいいんだよ!」
そんな私でも、この温泉はいまだかつて巡り合ったことのないレベルの高さである。
さらりと軽くて白濁する、硫黄泉特有の肌触り。
適温よりはやや熱めに感じる、インパクトある湯温。
ごくわずかに琥珀色を帯びる、上等の酒のような湯の色。
岩の割れ目から絶えずこんこんと湧き出す湯量の豊富さ。
湯口からほのかに香る心地よい硫黄の香り。
まるで宝石のように温泉中に散る湯の花の可憐さ。
全身に適度な水圧を約束するだろう、深めの湯船。
これは――そうしょっちゅうお目にかかれないレベルの、素晴らしい天然かけ流し温泉だ――。
恍惚に身震いした、その途端だった。
私の視界に、突然、ゲームでよく見るステータスウィンドウが展開した。
【名もなき野湯
浴槽名:名もなき野湯
源泉名:山岳地帯東部渓谷側1号泉
泉質:酸性硫黄泉
湧出量:毎分90L
泉温:50.8℃】
急に現れた文字に、私だけでなく、ハイゼンも驚愕した。
「なによ、これ――?」
戸惑っている私の目の前に、更に別の情報が開示された。
【適応症:神経症、筋肉痛、関節痛、うちみ、くじき、きりきず、慢性皮膚病、冷え性、ストレスによる諸症状、疲労回復、糖尿病、慢性消化器科症状、がん性疼痛、HP回復、MP回復、DP回復、各ステータス異常、追放性盾勇者成上症、薬屋性独白症、勇者性重度慎重病、誤認性迷宮出会渇望症、特発性蜘蛛変異症、致死性悪役令嬢転生症、痛覚回避型防御力特化症、駄女神召喚症、スライム転生症
禁忌症:急性疾患(高熱を伴う場合)、鬼滅性妹食人化症】
「これは――温泉の適応症――?」
「面白そう!」
「続きが気になる!」
「温泉行きたい!」
「闘痔の旅がしたい!」
そう思って頂けましたら【★★★★★】で評価お願いします。
何卒よろしくお願い致します。